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【マキャベリ流-是非に及ばず】NOBUNAGA(10)謙虚であれ。民という神に憎まれ、難破したくなければ

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【マキャベリ流-是非に及ばず】
NOBUNAGA(10)謙虚であれ。民という神に憎まれ、難破したくなければ

安土城跡の●(=手へんに頭にノを付けた口の中に夕、下に心)見寺三重塔=滋賀県近江八幡市(関厚夫撮影) 安土城跡の●(=手へんに頭にノを付けた口の中に夕、下に心)見寺三重塔=滋賀県近江八幡市(関厚夫撮影)

 「知ってるか? 《民の声は神の声に似るといわれているのも、まんざらいわれのないことではない。それというのも世論というものは、不可思議きわまる力を発揮してさきのことを見通す働きをやってのけるからである。まるで、なにか隠された神通力のようなもので、未来の吉凶をぴたりとかぎわけてしまうのである》(※1)とおれが『政略論』に書いていることを」

 わがお師匠(マキャベリ)様(さん)はいつになく朗らかにそうご託宣を下されたあと、続けた。

 「ここで言う『民の声』や『世論』は織田信長の野郎がいつも気にしていた『天下』とか『外聞』とかいうしろものと同じなんだぜ。つまり、『世間の評判』のことだよ」

 本当だろうか?

 いやいや、もちろんわが師の言葉を疑っているわけでは決して、ない。だが、悲しいかな新聞記者(ジャーナリスト)の末席に連なる者(「お前は『末席にしがみついている者』じゃないのか」とお師匠様には皮肉られそうだが…)にとってはそれがだれであっても、言われたことをそのまま鵜呑み(うの)みにするのは厳禁なのである。

 畏れ多いことではあるが、少し調べてみるとするか-。

 確かに信長は、羽柴藤吉郎(秀吉)に対して万に一つも勝ち戦(いくさ)を逃さないよう事細かに指示するさいには「外聞」、筆頭格の部将だった佐久間信盛を解任するときには「天下」という言葉を用いて彼らへの戒めとした。

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