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【話の肖像画】作家・山本一力(2)ワシントンハイツで知った米国

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【話の肖像画】
作家・山本一力(2)ワシントンハイツで知った米国

新聞配達をしていた頃 新聞配達をしていた頃

 若い頃は外国、特に米国への憧れがあった。昭和37年、中学3年の途中で、米軍の家族用宿舎「ワシントンハイツ」に英字新聞を配るようになってね。そこには丸ごと“アメリカ”があった。当時は東京でも網戸がある家は皆無で、フローリングを磨くワックスの香りがする家もなかった。ワシントンハイツでは、リビングに大きなテレビがあって、最新式のアメ車が走っていた。一歩も二歩も先に進んでいる国だと思ったね。多感な時期だったせいもあるけど。

 〈ワシントンハイツは現在の代々木公園一帯にあった。新聞を配り終えるとハイツの子供たちと遊び、生きた英語を学んだ。当時の経験は、自伝的小説「ワシントンハイツの旋風」にまとめた〉

 高校2年の夏には、東京五輪があった。ようやく日本が世界から人をお招きできるようになった、その元年という気持ちだった。体育の時間には、三波春夫さんの「東京五輪音頭」で踊りを練習したよ。誰に見せるわけでもなく、ただ五輪を祝賀するために踊った。高校生も代々木八幡の駅前商店街も、みんな心から歓迎した。各国選手団が到着する記事をワクワクしながら読んださ。

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