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【至誠の人 揖取素彦物語(73)】中村紀雄 「廃娼請願」直後の訃報

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【至誠の人 揖取素彦物語(73)】
中村紀雄 「廃娼請願」直後の訃報

 寿の死1

 設立された説教所の初代の長は、山口県出身の僧小野島行薫(ぎょうくん)である。

 小野島はただの僧侶ではない。幕末の長州では倒幕運動に参加し、高杉晋作が起こした奇兵隊で、訓蒙(くんもう)師として活躍した。

 小野島行薫と楫取との深い関わりは、山口県と群馬県との強い繋り、また、楫取と真宗との関わりの深さを窺(うかが)わせる。

 寿は、陰に陽に献身的に楫取を支えた。楫取からみれば、松陰の分身の如き存在だった。説教所ができたことは、寿が、一層、力強く、地域社会と共に楫取を支える存在になったことを意味した。

 説教所は次第に充実していった。

 この説教所が寿の悲願によってできたこと、寿が吉田松陰の妹であること、これらは人々の知るところであり、楫取に対する人々の畏敬の念に繋った。所長の小野島行薫がもと長州の人で、奇兵隊で訓蒙士をつとめたことも、人々の間で、この説教所の奥の深さを感じさせる材料になっていた。

 群馬県庁の幹部の中には、この説教所に通う人が多かった。次第に説教所は楫取を支える精神的よりどころのような存在となっていった。

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