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【話の肖像画】プロデューサー、デザイナー・山本寛斎(3)母親との再会とデザイナー人生

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【話の肖像画】
プロデューサー、デザイナー・山本寛斎(3)母親との再会とデザイナー人生

装苑賞受賞を報じた雑誌「装苑」の誌面 装苑賞受賞を報じた雑誌「装苑」の誌面

 〈小学4年から高校卒業までを岐阜市で過ごした後、大学進学のため上京。19歳のときに7歳で別れた母親と再会する〉

 母は横浜市内の実家で洋裁教室を営んでいました。後で聞いたところによると、いつの日か別れた息子たちが会いに来るだろうと考え、再婚をしないで生計を立てることにしたそうです。

 私は中学に入った頃から、自分がおしゃれに非常に強い関心を持っていることに気付いていました。上京して初めて目にした都会の若者のおしゃれな姿に、持ち前のおしゃれ心が燃え上がりました。新しい洋服や靴などを購入するため、母の洋裁教室に小遣いをねだりにしばしば通ったものです。

 生徒さんに洋裁を教える母の手が空くのを待つ間、教室の椅子に座って、棚に並んでいた雑誌「装苑」をよく見ていました。この雑誌で、デザイナーの登竜門として著名な「装苑賞」というコンテストがあることを知りました。

 ある日、山手線の切符切りの駅員さんが装苑賞を受賞したという記事に目がくぎ付けになりました。「駅員さんが受賞できるなら、私もできるかも」。失礼ながら、そう思いました。この記事がきっかけで、ファッションの道に進もうとの決意が固まりました。ただ、当時の私は大学生。大学の入学金や授業料を親に払ってもらった後で、いまさらファッションの専門学校に行くお金を出してとは頼めません。そこで、著名なデザイナーの先生に弟子入りし、生活費を得ながら装苑賞を受賞するための勉強をしようと考えました。

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