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【マキャベリ流-是非に及ばず】NOBUNAGA(3)恐怖心からも、憎しみからも危害を加えることがある

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【マキャベリ流-是非に及ばず】
NOBUNAGA(3)恐怖心からも、憎しみからも危害を加えることがある

愛宕神社参道わきにまします地蔵菩薩像 =京都市右京区(関厚夫撮影) 愛宕神社参道わきにまします地蔵菩薩像 =京都市右京区(関厚夫撮影)

 (なんという急勾配だ。これでは参拝道というより登山道ではないか…。え? まだ1合目の半分?)

 11月初旬。登りはじめて10分もすると、半袖にもかかわらず、汗がしたたり落ちてきた。京都市右京区の愛宕(あたご)山(標高924メートル)。目指すは4キロ先の山頂にある総本宮・愛宕神社である。

 434年前の旧暦5月末、そこで明智光秀は連歌の会「愛宕百韻」を催し、

 ときは今 あめが下知る五月(さつき)哉(かな)

 と詠んだ。

 「とき」とは「時」と明智氏の本家とされる土岐(とき)氏。「あめが下」に「雨が下」と「天が下(天下)」をかけ、数日後の「本能寺の変」への決意を暗示した句として知られている。

 日本史上の謀反劇を前に連歌の会とはまた優雅な-の感があるが、連歌には諸神に対する祈願という側面がある。

 当時、織田信長の命によって光秀は中国地方への出陣が決まっていた。ために「戦勝祈願」の連歌の会を催す。もっともなことだ。ただ、その「祈願」の内実を光秀しか知らなかっただけだ。

 なぜ愛宕山頂だったのか。

 愛宕神社は古来、防火・鎮火の神様として庶民の尊崇を集めてきたが、江戸期までは神仏習合の聖地だった。8世紀末前後に建立された白雲寺(明治の神仏分離令で廃寺)には勝軍地蔵が本地仏としてまつられており、勝利を願う戦国武将たちの信仰の対象となっていた。戦勝祈願にこれ以上の場所はなかった。

 さて愛宕山は比叡山や比良山とともに「七高山」の一つとされ、修験道の行者の修行場として有名であり、天狗(てんぐ)が出没する深山としても恐れられていたという。

 なるほど、出がけにある人が同情半分・含み笑い半分、「なかなかつらいですよ。お気をつけて」と声をかけてきたはずだ…。

                   

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