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【本郷和人の日本史ナナメ読み】大坂の陣と後藤又兵衛(上) 最期の描写、実は講談が正しかった

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【本郷和人の日本史ナナメ読み】
大坂の陣と後藤又兵衛(上) 最期の描写、実は講談が正しかった

その後、黒田家に帰参してから獅子奮迅の活躍を見せ、栗山善助の部下100石取りというところから立身し、関ケ原の戦いの後には1万石以上を取る重臣に。福岡県のほぼ中央、嘉麻市中益にあった益富城(大隈城とも)を任されました。さしずめ「大手企業クロダ」の専務取締役、というところ。大出世です。

 でも、ご存じのように、又兵衛は2代目社長である黒田長政とあわなかった。創業者たる官兵衛が没した2年後の慶長11(1606)年、黒田家を出奔。浪人します。細川忠興、福島正則、前田利長ら錚々(そうそう)たる大名が「ぜひウチに来てくれ」と誘いますが、長政が「奉公構(ほうこうかまえ)」を出しちゃった。こいつを雇用しないでください、というアレです。それでやむなく浪人を続け、大坂城に入城することになるのですね。

 ぼくの師の石井進は名著『中世武士団』(講談社学術文庫)の冒頭で、又兵衛を主人公とする大仏(おさらぎ)次郎の小説『乞食大将』(いま徳間文庫で読めます)を取り上げます。組織や権力に背を向けて、自由に生きる又兵衛像を創り出した(執筆は敗戦前に始まっており、国民生活を締め付ける軍部への批判にもなっている)大仏。それに共感して、中央とは関係なく、土地に根ざして生きる中世武士を描いた石井。ともに素晴らしい仕事です。

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