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【10万年後の安全-「信頼」と「責任」の意味(3)】核のごみの最終処分をどう受け止めたか オンカロの町で出会ったある少年の思い

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【10万年後の安全-「信頼」と「責任」の意味(3)】
核のごみの最終処分をどう受け止めたか オンカロの町で出会ったある少年の思い

 世界初の核のごみの最終処分場、通称「オンカロ」があるフィンランド西岸の町、エウラヨキで一人の少年と出会った。少年の名はパトリック、19歳。地元の食品加工会社で鶏肉を包装する期間工として働く。まだ幼さの残る顔立ちだが、背は180センチを優に超える。来年の大学受験を目指し、学業と仕事の両立に励む好青年だ。

 そんな彼に核のごみについて、いくつか尋ねてみた。すると、彼の口から出たのは、日本人の感覚からは到底考えられないような言葉ばかりだった。

 「核のごみを地下に埋めることは怖くないのかって? 僕には全く恐怖心なんかないよ。だって学校の社会見学でオンカロを自分の目で見てそう感じた。専門家の人が僕たちに丁寧に説明してくれた言葉だって信頼できる。核のごみを受け入れることに反対する理由なんてどこにもないよ」

 実は今回の取材で他にも10人の若者に同様の質問をぶつけてみたが、核のごみの地層処分について「反対」と答えたのはわずか一人。しかも、「どちらかと言えば反対」というスタンスで明確に反対の意思表示をした若者とは出会えなかった。彼らはなぜ核のごみを受け入れることができたのか。

エウラヨキのショッピングセンターで出会った少年

エウラヨキのショッピングセンターで出会った少年

「なぜ最終処分を受け入れたか」

 フィンランドの処分地選定をめぐる歴史は40年にも及ぶ。この国で商用原発が稼働したのは1977年。それから6年後の83年には自国の原発から出た核のごみを地下に埋める最適な場所探しに乗り出している。つまり、フィンランドでは原発の稼働とほぼ同じタイミングで核のごみの最終処分に向けた取組みを開始していたことになる。

 その後十数年に及ぶ地質や環境調査などを経て、最終処分の運営主体であるポシヴァ社が最終的にエウラヨキを含む4つの候補地に絞り込んだのが1999年。この年に実施した地層処分の受け入れに関する住民意識調査では、エウラヨキ市民の59%が賛成、反対は32%に上ったが、実はエウラヨキよりも賛成派が多かった自治体が他にあった。にもかかわらず、ポシヴァ社は2年後にエウラヨキと最終処分場建設に向けて合意している。

 ポシヴァ社営業部長、キモ・レト氏は言う。「私たちは4つの候補地の中でどこが最も安全に処分できるか、用地の広さや地盤の影響などを総合的に評価した結果、エウラヨキが最適であるとの意見をまとめ、STUK(フィンランドの原子力規制機関)に申請しました。そして、原子力法に定められた手続きに基づき、STUKの審査を経て、最終的にはエウラヨキ議会と国会の同意をそれぞれ得たのです。時間はかかりましたが、受け入れ自治体の住民の理解と信頼を得るためには、避けては通れないプロセスだと思っています」

 エウラヨキでは、ポシヴァ社が作った処分場に関する定期刊行物が各家庭に配布され、住民説明会も頻繁に開かれている。人口は6千人とフィンランドでも小さな自治体の一つだが、オルキルオト原発が立地し、人口のおよそ1割は原子力関連施設で働く。

エウラヨキのショッピングセンターで出会った少年

ポシヴァ社営業部長のキモ・レト氏

 ただ、フィンランドでは、日本のように原発を受け入れた自治体への交付金制度はない。その代わり、立地自治体への優遇措置として原発や関連施設に対する固定資産税率の大幅な引き上げが認められている。つまり、立地自治体は原発を受け入れるメリットとして電力事業者からの税収アップが見込まれるわけだが、エウラヨキではこの税収増よりもむしろ、雇用創出による経済効果の方が大きいという。

 「最も大切なことは、情報を常にオープンにして住民と意思疎通を図ることです。信頼を得るのに近道なんてものはありませんから」。レト氏が語った「信頼」の意味は重い。

「急がば回れ」

 日本ではどうか。原子力発電環境整備機構(NUMO)が2002年に処分場の公募を始めて以降、07年に高知県東洋町が手を挙げたが、その後住民の反対により白紙撤回したのが最初で最後の応募事例である。日本はフィンランドより10年も早く商用原発を稼働させていながら、原発から出た核のごみの最終処分について、いまだ調査を受け入れてくれる自治体も現れていない。

 「日本が抱えている事情と単純に比較することはできませんが、私たちは原発による利益を享受してきました。それはエネルギーであり、雇用であり、税収も含めてですが、とはいえ利益だけを一方的に享受できるという都合の良い話はありません。だからこそ、原発の運転で生じた核のごみも私たちの手で処分する。この町で暮らす多くの住人はそれが自分たちの責任であると理解しているのだと思います」

エウラヨキのショッピングセンターで出会った少年

エウラヨキ町議会のミカ・ヌルミ議長

 エウラヨキ町議会のミカ・ヌルミ議長は、インタビューの中で「責任」という言葉を何度も繰り返した。原発の稼働をめぐる賛否はさておき、日本だって原発のメリットを享受してきたという経緯は同じである。

 いつかは必ず結論を出さなければならないと分かってはいても、それはやはり「無責任」であると言わざるを得ない。少なくとも、フィンランドで取材した筆者個人の見解はそうである。

 むろん、原発や核に対する不安を払拭するのは容易ではない。福島原発の事故以降、政府や電力事業者に対する不信感だっていまだ大きい。こうした事実を真摯に受け止め、向き合うことがすべての大前提である。

 核のごみをめぐるわが国の議論は、フィンランドと違ってマイナスからのスタートになることは間違いない。それでも一歩ずつ前に進めるために必要なことは「誠実」の一言に尽きる。元来、日本人は世界のどの民族よりも責任感の強い国民である。急がば回れ。時間をかけて誠意を示せば、いつか必ず信頼は得られるはずだ。(産経デジタル編集部)

日本の地層処分に関する詳しい情報はこちら

提供:NUMO(原子力発電環境整備機構)

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