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【父の教え】師匠なく… 父と梅棹氏の薫陶で地位築く 刷り上がりの「ときめき」が芸術家の原点に 版画家・田主誠さん 

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【父の教え】
師匠なく… 父と梅棹氏の薫陶で地位築く 刷り上がりの「ときめき」が芸術家の原点に 版画家・田主誠さん 

「版画家として続けてこられたのは、父と梅棹先生のおかげです」と話す田主誠さん (南雲都撮影) 「版画家として続けてこられたのは、父と梅棹先生のおかげです」と話す田主誠さん (南雲都撮影)

 元近さんは44歳で病死し、印刷所も閉鎖した。誠さんは海上自衛隊に勤務しながら、父の印刷への思いを受け継ぐように版画に没頭した。昭和52年に、版画の国際公募展では世界で最も古いという「リュブリャナ国際版画ビエンナーレ」(旧ユーゴスラビア、現スロベニア)に入選、国内外の美術展でも入賞した。

 ちょうどその頃、梅棹さんから国立民族学博物館(大阪府吹田市)の開館準備を手伝わないかと誘われた。梅棹さんがかつて教授を務めた京都大人文科学研究所のロビーには、田主さんの絵画が飾られ、以前から関心があったようだ。

 「私の作品を見て、気に入ってくれたらしい。人生の大きな転換点でした」

 梅棹さんは、芸術の分かる事務職員がほしかったといい、同館では展示品の陳列や広報を担当した。「田主君、総体的に見る目を養いなさい」。梅棹さんからの言葉を機に、民博が所蔵する多くの民族芸術と向き合った。

 「世界の民族の造形と接することができるのは、日本中の芸術家でも自分だけだと感謝しました」

 梅棹さん退官の年に、自らも50歳で民博を退き、版画制作に専念。国内外を取材旅行し、世界の民話を描いた版画や、新聞のコラムの挿絵などを手掛ける。

 産経新聞で平成13年に始まった連載「いい日本みつけた」(大阪本社発行分)は600回を超えた。地域に根付く地蔵盆や「かやぶきの里」(京都府南丹市)など懐かしい風景に自らの思いを込めた短文を添える。

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