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【文芸時評12月号】主人公の2類型 早稲田大学教授・石原千秋 

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【文芸時評12月号】
主人公の2類型 早稲田大学教授・石原千秋 

石原千秋さん 石原千秋さん

 主人公とは何だろうか。

 坪内逍遙が『小説神髄』で「主人公の設置」を唱えたのは明治18年のことだった。日本文学は主人公という概念を持っていなかったから、小説の中心となって出来事を意味づける主人公を「設置」しなければ戯作の近代化はできないと考えたのだ。

 現代ではロトマンというソ連時代の文学理論家の説に従って、主人公とは「ある領域から別のある領域へ移動する人物」だとする。NHKの「連続テレビ小説」は「少女から女へと移動(成長)する人物」を数十年繰り返して放映している。これが、主人公の典型である。僕はいまこれを「物語的主人公」と限定的に呼んでおきたい。小説にはもう一つの主人公の型があるからだ。それは「~について考える人物」である。漱石後期3部作の近代的知識人と呼ばれてきた主人公たちで、須永市蔵(彼岸過迄)、長野一郎(行人)、「先生」(こころ)。これを「小説的主人公」と呼ぶことを提案したい。

 もちろん、主人公はこの2つの型にはっきり分けられるわけではなく、多くの場合、一人の人物がどちらの性格も具(そな)えているが、それでもどちらかに偏っているのがふつうだろう。このように主人公を2つの類型に分けてみると、近代文学が理解しやすくなる。たとえば、私小説の主人公は身辺に起きたことについていろいろ思い考えるから「小説的主人公」の性格をより多く具えているというように理解すればいい。そうすれば、彼らが後期3部作の主人公の末裔(まつえい)であることも見えてくる。

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