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【話の肖像画】北海道・浜中町農協組合長 石橋栄紀(3)酪農人生のスタート

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【話の肖像画】
北海道・浜中町農協組合長 石橋栄紀(3)酪農人生のスタート

千葉工業大時代はサッカー部で活躍していた(本人提供) 千葉工業大時代はサッカー部で活躍していた(本人提供)

 〈北海道浜中町で自らも酪農を営み、26年間にわたりJA浜中町の組合長の任に就いている。半世紀を超える酪農人生だが、継ぐつもりはなかった〉

 酪農でいえば3代目になります。祖父は浜中町からさらに東に位置する根室市で牧場を営んでいた。私が小学校時代に本家に行くと、あの当時でも50頭ぐらいの親牛がおり、牧童も8人くらいいました。

 祖父は先進的な人だったですね。冬の間に牛舎で過ごす牛の餌として収穫しなければならないため、根室では草を食べさせるわけにはいかない。このため、祖父のアイデアで5月になると3~4人が馬に乗って、直線距離にして約60キロ離れている浜中町に牛を移動させ、放牧していた。当時は人家も車もありませんでしたから。浜中で搾った乳は毎日、列車で根室に運び、加熱処理を行って飲料用として売っていた。そして、10月頃には根室に戻した。「夏山冬里方式」ですね。今でいう6次産業化を実践していた。

 父は男兄弟の3番目です。根室の牧場は長男が継ぎ、昭和17年、父は祖父から親牛3頭を譲ってもらい、浜中町に牧場を構えて生計を立てるようになっていた。戦争が始まり、牛の移動はできなくなっていました。北海道も空襲を受け、根室も市内の8割が焼けたが、祖父の牧場は郊外だったため無事でした。浜中も港が空襲を受けた。牧場で、飛んでくるグラマン機の腹を見ましたよ。

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