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【書評】詩人、作家・暁方ミセイが読む『誰もいないホテルで』ペーター・シュタム著、松永美穂訳

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【書評】
詩人、作家・暁方ミセイが読む『誰もいないホテルで』ペーター・シュタム著、松永美穂訳

『誰もいないホテルで』ペーター・シュタム著、松永美穂訳(新潮社・1700円+税) 『誰もいないホテルで』ペーター・シュタム著、松永美穂訳(新潮社・1700円+税)

きらめきを残して複雑

 ペーター・シュタムはスイス人の作家で、会計士、フリージャーナリスト、ラジオドラマの脚本家、文学雑誌の編集者などの職を経験しながら、20年ほど前にデビューしている。スイス国内外で人気のある作家だが、日本では以前に村上春樹が紹介しており、これから続々と翻訳が出版されるようだ。

 『誰もいないホテルで』に収められた10作品の主人公たちは、年齢も性別も出身地もばらばらで、しかし「コニー・アイランド」を除けば、みんなボーデン湖畔や近くの丘陵地帯に住んでいたり、またはやってきたりする。彼らがそこで、あるいはそこを通過して経験するものは、それぞれの一度きりの人生の生きた時間だ。例えば表題作「誰もいないホテルで」のローレンツは、森の中の廃虚めいたホテルで風変わりな女オーナーと〈電気や水よりもずっと多くを得ている〉6日間を過ごす。「眠り聖人の祝日」のアルフォンスは、もう何年か丘陵地帯に住んでいる。そして開いたばかりの自分の農園の下で開催される夏フェスで、さえなくておずおずとしていて素敵(すてき)でもない、でも一瞬だけ聖堂のステンドグラスみたいに輝く恋を得るのだ。あるいは、「スーツケース」のヘルマンが、重体の妻の下着や歯ブラシがぎっしり詰まったスーツケースとともに湖畔で過ごすのは、一晩だけ。

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