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「朝倉摂」展 まず画家として開花した才能

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「朝倉摂」展 まず画家として開花した才能

「自画像」昭和22年

 舞台美術の第一人者で、昨年3月に91歳で亡くなった朝倉摂の没後初となる作品展が横浜市の画廊「ギャルリー・パリ」で開かれている。展示された日本画やデッサンなど約110点からは、舞台美術に転向する前の画家としての顔を見ることができる。

 朝倉は大正11年、彫刻家の朝倉文夫を父に東京・谷中で生まれた。16歳で美人画で有名な伊東深水に弟子入りして日本画を学んだ。昭和16年に第4回新文展(現・日展)に「小憩」が初入選し、2年後には「歓び」が入選。本展にはその「歓び」とみられる作品が展示された。畑でさつまいもを収穫している女性の様子が具象的に描かれている。作品には土臭さがなく、あっさりと上品にまとめられている。いかにも深水の強い影響を感じさせる日本画だ。

 やがて朝倉の絵画は大きな変化を遂げていった。25年、東京の画廊で初個展を開き、洋画のように厚く塗られた「自画像」(22年)など十数点を発表。当時、ある美術評論家は雑誌に寄せた展覧会評で「その第一印象は、個展を訪れた人々が日本画と洋画との区別もなく、唯これを絵画として眺めていたことである」と記している。

 25年に発表した「裸婦C」は、2人の裸婦が抽象的な形態で表現された。逆さになったポーズの意外性のある構図や、余白もなく画面全体を塗り込めた作風からは、日本画の革新を目指した意欲が感じられる。

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