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【日曜に書く】論説委員・坂口至徳 日本の秒測定を国際標準に

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【日曜に書く】
論説委員・坂口至徳 日本の秒測定を国際標準に

 ◆光格子時計が存在感

 時間の最小単位である秒の超精密な測定法の研究開発が盛んになり、新たな国際標準を設ける動きが本格的になってきた。その中で、日本発の「光格子時計」という測定技術がクローズアップされており、日本が国際貢献のプレゼンスを示す可能性が出ている。

 科学技術の急速な進展に伴い、長さ、電流などさまざまな単位の測定ともかかわる秒の厳密な基準を求めるという再定義の動きは時代の要請でもある。

 たとえば、携帯電話にも搭載される衛星利用測位システム(GPS)は、地上約2万キロの軌道を周回する人工衛星から発する電波の時計信号を受信することにより、地上のどこにいるか、その位置を割り出している。ところが、衛星と地上で受ける重力が違うので、時間がごく微小なレベルで差が出てしまう。そこで正確な時間をもとに補正しており、精度を一層高める必要が出ている。

 ◆誤差は300億年に1秒

 秒の算出が地球の公転周期に基づいていたころは、誤差は160年に1秒。また、天体観測による修正も必要だった。

 そこで、天文学による測定から、地球上の物質を構成する原子の物理現象を利用する研究に視点が移った。

 原子(セシウム133)が出す固有の電磁波の周期が安定しており、周波数が1秒間に約92億回もあることなどから、1967年にこの周波数による測定を国際的な基準にするという秒の定義が決められた。

 目盛りが細かいものさしほど細部まで測れるように、原子の周波数測定が正確であればあるほど時間も高精度に測定できることになる。

 測定に使われる「セシウム原子時計」の誤差は、最高8000万年に1秒に達しており、現在も使われている。

 今回の秒の再定義をめぐる論議の突破口を開いたのが、2001年に東京大学の香取秀俊教授が提案した「光格子時計」である。レーザー光により約100万個の原子を個別に安定な形で捕捉して一気に測定できるので、格段に精度を高められる。

 まず、ストロンチウムという原子の周波数を測る光格子時計で、香取教授や産業技術総合研究所、情報通信研究機構などが研究を行い、実証実験に世界で初めて成功した。2006年には国際度量衡委員会で秒の再定義の候補に認定される。

 さらに、産総研はイッテルビウムという原子の光格子時計を開発し、これも認定された。同研究所の洪鋒雷研究科長は「原理的には、300億年に1秒の誤差になり、宇宙年齢の137億年を超えて動かしても1秒の狂いもない時計が実現できるでしょう」という。

 一方で、1個の原子の周波数を測定して積算する「単一イオン光時計」という欧米で開発された方式も成果を上げており、候補に認定された。こちらは、光格子時計に比べて測定に時間がかかる。

 ◆主導権争い

 このように多くの候補が認定されるなかで、最終的に次世代の定義が決まれば、そのさいの社会的な影響は大きい。

 どの方式が選ばれるかによって、その国の科学技術力の評価が高まるだけではない。世界標準になれば、他国はそれに合わせた測定装置など設備や態勢を整える必要が出て負担がかかる。さらに、過去のノーベル物理学賞の授賞理由の中に原子時計の研究も含まれていることから、ノーベル賞の対象にもなり得るのだ。

 こうしたことから、主導権を握るための仲間づくりも始まっている。

 情通機構の主任研究員として光格子時計の開発にあたってきた井戸哲也・プランニングマネージャーは「人類がどこまで細かく計測できるか。それにより自然を深く理解するという夢があります」と期待する。

 洪研究科長は「光格子時計の研究開発には各国の研究機関が力を入れており、この方式に多くの研究者が将来性を見いだしている」と優位であることを強調した。

 何しろ光格子時計が時間周波数測定の標準となれば、物理学など基礎科学への貢献はもちろん、応用の範囲は広い。GPSの高度化など新たな宇宙科学のプロジェクトをはじめ、大容量の高速通信ネットワーク、資源探査や地震予知といった分野まで視野に入っている。科学技術の夢をかなえる可能性があり、早期の実現が望まれる。(さかぐち よしのり)

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