フィギュア王国復活へ 仙台市、公設リンクの夢

新東北特派員報告
平昌五輪の凱旋パレードでポーズを決めるフィギュア、羽生結弦=仙台市青葉区(土谷創造撮影)

 東日本大震災の被災地、仙台市が日本のフィギュアスケート発祥の地であることはよく知られていない。

 伊達政宗騎馬像のある青葉山の裾に五色沼と呼ばれる小さな沼がある。明治時代、仙台市在住の外国人が凍った沼で地元の子に教えたのが始まりといわれる。

 フィギュアの母なる地は羽生結弦選手を生んだ。高校まで仙台市の民間リンクを拠点に選手生活を送っている。

 このリンクはトリノ五輪優勝の荒川静香さんも小中高時代に練習を重ねた。2人の五輪王者を育て、「荒川リンク」「羽生リンク」と親しまれている。

 平成12年の冬季国体でこのリンクで練習した選手が成年男女、少年男女の計4種目で優勝を独占し、「フィギュア王国宮城」の名を高める原動力になった。

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 「仙台だけでなく県内、東北全体的にフィギュアスケートを本気でやって世界のトップを狙える設備は整っていないと思います」

 4月に仙台市であった平昌五輪優勝パレードの記者会見で、羽生選手は地元に十分な練習環境が整っていない現状を残念がった。

 羽生リンクは実はリンクが狭い。スピードに乗り切れず、ジャンプの練習に限りがある。通年滑走できるリンクは仙台市ではここだけで、フィギュアのほか、スピードスケート、アイスホッケーが併用し、練習時間が十分に確保できない。

 経営も安定せず、事業譲渡を重ねている。長期閉鎖の時もあり、選手と指導者が流出した。羽生選手も拠点をカナダに移す。

 宮城勢の国体優勝も19年の鈴木明子さんを最後に途絶えている。王国の称号は過去のものになり、その座は浅田真央さんらを輩出した愛知県に譲り渡した。

 「リンクがもっとあれば可能性は広がるが、現実的にはちょっと…」

 荒川さんもトリノ五輪後の記者会見で地元で指導者になる可能性を問われ、否定的な考えを述べている。

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 宮城県には公設リンクがない。6カ所の岩手県、5カ所の青森県と比べて見劣りする。宮城県の村井嘉浩知事は新設に消極的だ。

 財政難の折、県がハコモノ建設に二の足を踏むのは無理もない。いざ造ろうとなっても地元経済界に「民業圧迫」と反発されることもあり得る。他競技団体からは「不公平だ」と責められるかもしれない。

 それでも新設に踏み出していい。個人的にはそう思っている。

 フィギュアスケート生誕の地であり、2人の世界覇者を出した。「フィギュアのまち」で身を立てるのにこれほどうってつけな所はない。

 市民の多くは支持する気がする。そうでなければ羽生選手のパレードに10万8000人は集まらない。

 どうせ建てるなら国際大会を呼べる立派な施設にしよう。世界的な指導者を招き、次のチャンピオンを育てよう。

 被災地は暗い話が多すぎた。身内が死んだ。家が流された。メディアは被災者を元気づけようと努めて前向きな話題を取り上げるが、被災地は今も圧倒的に悲しみに支配されている。

 夢を語ろう。

 明るい話をしよう。

(伊藤寿行)