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「タイムボカン」はこうして生まれた 大河原氏ら制作陣が語る

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「タイムボカン」はこうして生まれた 大河原氏ら制作陣が語る

更新 okt1702060001
4日、東京都稲城市で行われた「メカデザイナーズサミットVOL.05」 4日、東京都稲城市で行われた「メカデザイナーズサミットVOL.05」

 視聴者を引き込むSFストーリー、独創的なメカ、どこか憎めない悪役。昭和50年に誕生し世代を超えて愛されるアニメ「タイムボカンシリーズ」はどのように作られたのか。メカデザインを手掛けたメカニックデザイナーの大河原邦男氏の出身地、東京都稲城市の稲城市立iプラザで4日、「MECHANICAL CITY INAGI PRESENTS メカデザイナーズサミットVOL.05」が行われ、当時の竜の子プロダクション(現タツノコプロ)の制作陣だった大河原氏、笹川ひろし氏、布川郁司(ぬのかわ・ゆうじ)氏が秘話を語った。

お蔵入りだった第一作目

 「竜の子プロは、好きなものを好きなときに作ろうという方針。これまでにないタイムトラベルのアクションものを作ろうということでSFアニメ『タイムボカン』が出来上がった」

 シリーズ総監督でタツノコプロ顧問の笹川氏はそう振り返る。笹川氏は竜の子プロ創生期からのメンバーで「マッハGoGoGo」「ハクション大魔王」を手がけ、絶大な人気を誇ったコメディアンの萩本欽一氏にちなんで「アニメ界の欽ちゃん」「視聴率男」と呼ばれた凄腕だ。

 昭和47年にパイロット版が作られたタイムボカンだったがスポンサー探しが難航。「あちこちにセールスしても手応えがない。CGのような演出が当時は理解されなかったのかもしれない」(笹川氏)。一度はお蔵入りになったが、その数年後に玩具メーカーのタカトクトイスがスポンサーに名乗りを上げたことで昭和50年に放送が開始されることになる。思わぬ復活劇に竜の子プロ社内は喜びに沸いた。

 敵役である女性リーダーと2人の手下、いわゆる『三悪』にスポットを当てる手法にヒットの芽を見出したのが、アニメ制作会社ぴえろの創業者で、タイムボカンの演出を手掛けた布川氏だ。

 「紙ベースで作っていたこともあり最初はタイムボカンのどこが面白いのか分からなかった。アフレコで声優さんが声を入れる段階になって『三悪を中心で話を進めていった方が良いのでは』と考えた」

 布川氏の読み通り好評を博し、竜の子プロはタイムボカンの放送終了後も次の番組の制作を任される。そこで「このまま企画を終わらせるのはもったいないから、人気の『三悪』を残して主人公らを変えて続ける」(笹川氏)という大胆な方針でシリーズ化が決定。続く第二作目「タイムボカンシリーズ ヤッターマン」でさらなるヒットを飛ばした。

玩具メーカーのリクエストは人型ロボだが…

 アニメを企画するにあたり重要なのがスポンサーの意向だ。アニメに登場するメカの商品が収益に直結する玩具メーカーがスポンサーの場合は特に顕著だった。

 タイムボカンシリーズの目玉はユニークなメカ。タイムボカンではメカニックデザイナーの中村光毅氏がデザインしたカブトムシ型のメカ「メカブトン」、ヤッターマンでは大河原氏の犬型メカ「ヤッターワン」などが有名だが、男児向け玩具として王道の人型巨大ロボットが登場するのはシリーズ5作目「ヤットデタマン」と遅めだった。

企画名から難航した「ヤットデタマン」の「大巨神」の設定画
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企画名から難航した「ヤットデタマン」の「大巨神」の設定画フルスクリーンで見る 閉じる

 笹川氏は他のアニメ制作会社も作っている人型大ロボを避けたかったが、スポンサーからの「人間(人型ロボ)やってみない?」「これが出ないと続けられない」と度重なる催促に応じざるを得なかったと話す。そこで笹川氏から「ヤットデタマン」に登場させるメカの相談を受けた大河原氏は、シリーズ初の人型ロボ「大巨神」を描き、さらにホウノキで木型(木製の原型)を作成。立体物としてのデザインも優れていることも証明し周囲をあっと言わせたという。

 また笹川氏は、タイムボカンの企画をしているときに窓からカブトムシが飛び込んできたので「中村さん、これだ!」と強引にメカのデザインを決めてしまったというエピソードも披露した。

名作を産んだタツノコ合宿、そしてチームワーク

 独創的な作品を生み出す竜の子プロ流の仕事術とは? 笹川氏は雑談の中にこそヒット作のヒントがあったと話す。

 「相模湖(神奈川県相模原市)の旅館にこもって企画会議をするのが恒例だった。散歩したり温泉に入ったりお酒を飲んだりで、企画書を取り出して話し合いを始めるのは夜12時になってから。でもその間にした雑談でアイデアが固まっている」

 大河原氏も制作に関わる皆がアイデアを出し合いデザインに落とし込むのが重要だったと語り「ヤッターワンだって誰がデザインしたかはっきり分かんない」と明かした。そして「好きで入った業界ではなかったが、竜の子プロの仕事を見ているうちに徐々に面白くなり、もうすぐ45年になる。あらゆるキャラを世の中に残せる特異な環境とチャンスをいただいた」とメカニックデザイナーとしての出発点である古巣に感謝し、「どんどん描いていきたい。どんな仕事でもいいのでください」と笑って会場を沸かせた。

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