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【「西郷どん」交友録】西郷隆盛と大久保利通、「碑」は同じでも「像」が異なるウラ事情 松平定知

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【「西郷どん」交友録】
西郷隆盛と大久保利通、「碑」は同じでも「像」が異なるウラ事情 松平定知

NHK大河ドラマ「西郷どん」の会見。西郷役の鈴木亮平(右)と、大久保役の瑛太 NHK大河ドラマ「西郷どん」の会見。西郷役の鈴木亮平(右)と、大久保役の瑛太

 昨年の秋、私の鹿児島行きは5回にのぼった。今年のNHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」特需である。そして、訪問するたびに地元の「西郷人気」に感じ入った。(夕刊フジ)

 例えば、県内にはいくつもの西郷隆盛像が存在する。ポーズも立像、胸像、座像、二人像、これに土産物屋の店先の私製像を含めれば、すぐ十指に余る。像だけではない。碑もそうだし、西郷が使用した手水(ちょうず)鉢、腰掛け石、座禅石もそう。中には、彼の愛馬があぜ道から転落したときの記念看板まである。

 「西郷愛用の温泉」と大書された銭湯も3軒や4軒ではない。全国的に見ても人気の高い彼のことだから、地元人気は言うだけ野暮(やぼ)というものだ。その西郷さんの交友録。回数は4回! さあ、誰を取り上げるか、こんな難しい作業はない。

 司馬遼太郎さんはかつて、「明治という時代は町内会でできたようなもの」という意味のことを言われた。西郷の生家がある鹿児島市加治屋町、つまり甲突川(こうつきがわ)東岸沿いの道が、まさにその空間だ。「歴史ロード」と呼ばれるこの一帯は、なるほど明治時代の有名人のゆかりの地のオンパレードである。その中から1人、大久保利通を今日は取り上げる。

 西郷の生家跡には、明治憲法発布の恩赦で「西南戦争の賊将」の汚名が晴れた、西郷の生誕地碑が建てられた。そして、大久保の生誕地碑もその時、一緒に建てられている。もっとも、大久保の生誕地は「そこ」ではなく高麗町だが、幼年時代、2人は「ここいら」でよく遊んだ仲だった。

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