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【話の肖像画】音楽プロデューサー・高嶋弘之(1) 会心の命名だった「抱きしめたい」

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【話の肖像画】
音楽プロデューサー・高嶋弘之(1) 会心の命名だった「抱きしめたい」

高嶋弘之氏(寺河内美奈撮影) 高嶋弘之氏(寺河内美奈撮影)

 〈ビートルズの日本売り出しも、「帰って来たヨッパライ」(ザ・フォーク・クルセダーズ)の300万枚近いメガヒットも、この人抜きには語れない。アダモ、クロード・チアリ、黛(まゆずみ)ジュン、由紀さおり…手掛けたアーティストは100以上。曲に惚(ほ)れ込んだら一途、抜群の行動力と人脈、奇想天外なアイデア、あふれんばかりの情熱で、魔法のようにヒットチャートの上位に押し上げてしまう〉

 ビートルズのイギリスでのデビュー曲(「ラブ・ミー・ドゥ」昭和37年)を聴いたときはピンと来なかった。当時、日本で売れていたのは何といってもベンチャーズ。イギリスのポップスは、僕が手掛けたクリフ・リチャードがやっと人気を呼んだぐらいで知名度も低かったんです。だから、(日本での担当ディレクターである)僕は、ビートルズを1年以上も“オクラ入り”にしていた。一度、失敗してしまうと再チャレンジは難しいですからね。

 オヤっと感じたのは初LP「プリーズ・プリーズ・ミー」(38年)を手にしたときでしょうか。よし、ビートルズを日本でやってみようと翌39年2月発売のスケジュールで「プリーズ・プリーズ・ミー」を第1弾シングルにいったん決めた。ところが、やはりデビュー時機を見ていたアメリカでの第1弾が「抱きしめたい」(原題は「I want to hold your hand」)になるという情報をキャッチし、日本もそれに合わせてプロモートした方がいいと、急いで差し替えたのです。

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