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【花形出番です】9歳で新内流しの味をしめ 新内節冨士元派七代目家元・新内多賀太夫(34)(3)

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【花形出番です】
9歳で新内流しの味をしめ 新内節冨士元派七代目家元・新内多賀太夫(34)(3)

(宮川浩和撮影) (宮川浩和撮影)

 6歳から子供用の三味線でお稽古を始めました。多忙な父(人間国宝の新内仲三郎)は家を空けることが多く、最初は師範代のおばあちゃんの手ほどきです。

 初舞台は8歳。出演直前、「出るのが嫌だ」と柱にしがみついたことを覚えています。ところが9歳のとき、川崎での歌舞伎公演の幕間(まくあい)、姉と客席で新内流しをしたら喜ばれ、おひねりまで頂戴し、味をしめた。お客さまの目の前で演奏し、反応が分かるのも新内ならではの面白さですね。

 両親は僕に新内を強制しませんでしたが、父が精進する姿を見て、僕も続けてきたと思う。何しろ父は演奏会後も、家で三味線を弾く人でしたから。ただ子供心に三味線の地味なイメージは何とかしたかった。この“古めかしいもの”を楽しくしたい。子供のとき、「百人一首に曲を付けたら?」などと言っていたのは、今の作曲活動につながっているかもしれません。

 実は新内を続ける上で一番の葛藤は、小学校から高校まで打ち込んだ部活動のバスケットとの両立でした。舞台も試合も週末で、やりくりに苦労していましたが、高校1年の時に靱帯(じんたい)を切る大けがをし、新内の道に進む大きなきっかけとなりました。さらに高校の進路相談の先生が、三味線に無理解だったことにも発奮。急遽(きゅうきょ)、東京芸大を第一志望にしたんです。ただ芸大に新内専攻はなく、常磐津三味線での入学です。それから博士課程修了まで10年も芸大に通うことになるとは、夢にも思いませんでした。(談)

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