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【谷賢一の演劇地獄道】(14)その一言に全人生が…

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【谷賢一の演劇地獄道】
(14)その一言に全人生が…

応募書類を見るのも大事な仕事だ 応募書類を見るのも大事な仕事だ

 今月は3回、オーディションをやった。見る側でだが、いつも何とも嫌な気持ちになる。俳優からすれば初対面の相手に短かきゃ数分、長くても数十分で判断されるんだから、いい気持ちはしないだろう。

 と言いつつ実際は、数十秒で判断はつく。ひどいときは声を出す前、あるいは部屋に入ってきた瞬間にピンと来る。しかもその直感が裏切られることはほとんどない。これは私に限ったことではなく、演出家の諸先輩方に聞いても大体同じらしい。演出家も何千何万と俳優を見てきているから、物腰とかたたずまい、骨格や呼吸の具合からヒントを受け取り、声や動きを直感しているのだろうが、よく分からない。骨相学を勉強したわけでもないのに、声質まで分かるのは自分でも不思議である。

 じゃあ俳優はオーディションで頑張っても意味がないのかといえば、そんなことはもちろんない…と、いい人っぽく書こうとしたが、ダメだ。嘘です。すみません。ほとんど意味はないと思う。まず発声や身体は何年もかけて培うものだ。当日どうにかできるわけがない。まして人柄や容姿・雰囲気なんて変えようがない。そして審査員はその「変えようがないところ」を見ようとするから、上辺だけお上手にこなした人には意地悪なツッコミをして、下地をむき出しにかかったりする。でも挨拶はハキハキ元気に礼儀正しく、それは当然でしょ?と思うかもしれないが、それにさえ例外はある。

 生意気そうな目をしていたから採ったとか、あの根暗そうな雰囲気が役に合うとか、いろんな要因がある。色々な役があるから当たり前だ。

 こんなエピソードを思い出す。大人気ゲーム「ドラゴンクエスト」の「序曲」は、作曲家のすぎやまこういち氏がたった5分で書いたものらしい。しかし、氏はこうも言っている。書いた時間は確かに5分だが、書けたのは作曲家としての54年の人生があったからだと。ふだん俳優を見ていると、この言葉には深く納得する。俳優の一言にはそれまでの人生すべてが乗っかっている。俳優としての技術や経験はもちろん、私生活や育ち方も含めた全歴史が。その色や響きや重たさを、観客は感じ取る。

 だからオーディションに参加する俳優諸氏にはこう伝えたい。ありがとう。でも頑張るな。お前はお前だ、諦めろ。普通にやろう。特にたまにいる異常にキラキラした営業スマイルを貼り付けてキンキン声でしゃべる人。やめろ。私らは人間を、あなたという人間を見てるんだ。事務所の方針じゃなくってさ。=毎月第3土曜日掲載

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