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【花形出番です】遊びも能だった子供時代 観世流能楽師・大槻裕一さん(2)

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【花形出番です】
遊びも能だった子供時代 観世流能楽師・大槻裕一さん(2)

観世流能楽師・大槻裕一さん(戸加里真司撮影) 観世流能楽師・大槻裕一さん(戸加里真司撮影)

 振り返ると、能オタクの相当変わった子供だったと思います。物心ついたときには4歳上の姉と稽古をしていましたが、とにかく負けず嫌い。僕より難しいことを父(観世流シテ方の赤松禎英(よしひで))から教わる姉を見て、「僕の方ができる」と対抗心を燃やしました。

 決して無理強いさせることなく、自然と能好きにさせてくれた家族に感謝しています。幼稚園の年長時代から三島元太郎先生(金春流太鼓方の人間国宝)に太鼓を、小学校低学年から、亡くなられた山本孝先生(大倉流大鼓方)に大鼓を、藤田六郎兵衛(ろくろびょうえ)先生(藤田流笛方十一世宗家)に笛を、それぞれ教えていただきました。

 藤田先生には子供用のミニ笛で稽古していただきましたが、小学生の僕に全身全霊で教えてくださって、とても怖かった。1時間近く何度も繰り返すと、酸欠状態になってフラフラしたことを覚えています。

 そんな稽古が日常で、家にゲームや漫画がありませんでしたから、遊びといえば「能ごっこ」。画用紙で面(おもて)を作り、手ぬぐいを縫い付けた“装束”を身に着け、シテもワキも囃子も1人で全部勤めていました。唯一の観客である祖母が撮ってくれた写真や、手製の道具は今も大事に保管してあります。

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