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【平成30年史 デフレの呪縛(4)】戦犯扱い、日銀のトラウマ 実体ないインフレにおびえ 物価「2%」の壁…反リフレ派台頭も

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【平成30年史 デフレの呪縛(4)】
戦犯扱い、日銀のトラウマ 実体ないインフレにおびえ 物価「2%」の壁…反リフレ派台頭も

 その後の日銀には、白川時代まで、過度な「インフレ恐怖症」との酷評が絶えなかった。「膨大な通貨供給の帰結は、歴史の教えにしたがえば制御不能なインフレを招く」。24年4月、白川は米ワシントンでの会合で、こう警告した。

 新日銀法は日銀の最大の使命として「物価の安定」を定めている。これは日銀にとって「インフレの抑制」を意味していた。戦後インフレやバブルの苦い教訓があったためだ。だが、白川も固執した「中銀の物差し」がデフレの泥沼にあえぐ日本経済にはそぐわない「独善」に陥っていた側面は否めない。独立性保持への拘泥がこうした姿勢に拍車をかけたともいえる。

 総裁が故・速水優だった12年8月、日銀は政府の反対を押し切りゼロ金利政策を解除した。福井俊彦時代の18年3月と7月にも日銀は政府内に難色を示す意見があったにもかかわらず、それぞれ量的緩和とゼロ金利の解除に踏み切った。いずれも市場などから「日銀は判断を急ぎすぎた」と、失策の烙印(らくいん)を押されることになる。

 10~14年にかけて日銀の審議委員を務めた中原伸之は「日銀は独立性にこだわりすぎ、実体のないインフレにおびえていた」と振り返る。

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 白川や福井、速水、三重野ら日銀出身者とは異なり、元財務官でアジア開発銀行総裁から日銀総裁に転じた黒田東彦(はるひこ)は、それまでの日銀の「物差し」を刷新した。だが、デフレ脱却を目指した大規模緩和が今、難しい局面に立たされているのは確かだ。

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