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【平成30年史 JRの歩んだ道編(3)】分割めぐる激しい対立 印刷所 盗み見た守旧派文書

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【平成30年史 JRの歩んだ道編(3)】
分割めぐる激しい対立 印刷所 盗み見た守旧派文書

国鉄分割民営化とJR発足後の経過 国鉄分割民営化とJR発足後の経過

 東京駅に2人の駅長。「新宿駅には、京王にも小田急にも新宿駅長がいる。自然なこと」とJR東社長の冨田哲郎は話す。だが分割民営化の当時には、「東京駅長を1人にする」ことが議論されたという。

 「(国鉄)総裁室では『なるべく一つの国鉄のような形も残しておきたい』ということだったのではないか。でも『さすがにまずかろう』という意見が出て、2人体制になった」

 「改革三人組」の一人である現JR東海名誉会長の葛西敬之はそう振り返る。

 「問題はどれだけ分割を徹底するかということだった」

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 「一つの国鉄」を残したいという思いは、守旧派、改革派を問わず確かにあった。それが形となったのが、JR東日本を「看板会社」とする構想だった。

 東日本に首都圏の鉄道用地を集中させ、鉄道以外の事業収益の確保を図る。東日本だけは必ず成功させ、改革のシンボルにする。さらには「看板会社」でなく、東日本を実質的なグループ本社にしようというもくろみもささやかれていた。

 国土交通省幹部は「全国のJRを東日本からコントロールしようとする動きが旧国鉄内にあった。だが、それでは国鉄と同じになってしまうと、政治サイドの判断で改革派幹部を全国に分散させたと聞いている」と明かす。

 分割の必要性が叫ばれる一方で、その後の各社に格差が生じることを懸念する声は、当初から根強かった。国鉄末期の昭和50年代後半には、少子高齢化と車社会は進んでおり、「鉄道は斜陽産業化し、21世紀には存在しないのではないか」との言説が流れていた。

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