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【話の肖像画】三菱自動車会長・益子修(2)人生を決めた最初の配属

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【話の肖像画】
三菱自動車会長・益子修(2)人生を決めた最初の配属

 〈平成9年にはインドネシアに責任者として赴任。アジア通貨危機も経験した〉

 赴任当初は絶好調だったインドネシア経済ですが、インドネシアの通貨ルピアが急落した影響で車が売れなくなり、在庫が100年分たまりました。一台でも売ろうと、駆けずり回りました。人員整理せざるを得ないときに、現地採用の従業員から「自分たちは田舎に戻れば餓死しない。残るあなたの方が大変」と言われ、逆に励まされましたね。

 〈実績を挙げ、15年には自動車事業本部長に就任した。独ダイムラーが三菱自動車の支援打ち切りを発表したのは、その翌年。ダイムラーは当時、三菱自動車の筆頭株主だった〉

 ダイムラーの支援打ち切りは事前の通告がなく、自宅で部下から報告を受け、絶句しました。グループ各社が集まり、毎日深夜まで再生計画を練りましたが、コンサルタントからは「再生なんて無理ですね」と言われ続けました。資金的な面で株主3社(三菱重工、三菱商事、東京三菱銀行=現三菱東京UFJ銀行)が支援しないと成り立たない一方で、3社はそれぞれの株主に合理的な説明をしなければいけない。経済合理性があるから支援するんだと。結局、金銭だけじゃなく人的支援も必要ということになり、私が行くことになった。それほど悲壮感はなく、ほかの人を行かせるわけにはいかないとの思いもありましたね。(聞き手 飯田耕司)

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