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【産経抄】8月8日

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【産経抄】
8月8日

 後に「フレンチの神様」と呼ばれるようになるシェフのジョエル・ロブションさんが初めて日本を訪れたのは、昭和51(1976)年である。まず、空港でエスカレーターの手すりを拭いている人を見て驚いた。

 ▼街並みも清潔さが保たれている。たちまち虜(とりこ)になった。以来、来日回数は数知れず、多くの日本人シェフにフランス料理を教えてきた。ロブションさん自身も、寿司(すし)などから大きな影響を受けたことを認めている。

 ▼この春には、パリの凱旋(がいせん)門近くに日本酒とフレンチの融合レストランを開いて、話題を呼んだ。今や日本を代表する日本酒となった「獺祭(だっさい)」の蔵元、旭酒造(山口県)と共同で経営する「ダッサイ・ジョエル・ロブション」である。その最中に訃報が届いた。73歳だった。

 ▼もともと、神父を志していた。厳しい神学校生活で、唯一くつろげたのが、修道女の料理を手伝って台所で過ごす時間だった。15歳の時、経済的事情で学校を辞めると、迷いなく料理の世界に飛び込んだ。

 ▼レストランを渡り歩いて、36歳で独立を果たす。3年後には、レストランガイド「ミシュラン」の三つ星に輝いた。史上最短記録である。現在まで各国に店舗を展開して、世界でもっとも多くの星を持つシェフとして知られていた。もちろん、東京の店も含まれる。

 ▼小紙1面に「洛中洛外」を連載中の画家の安野光雅さんは、「ミシュラン嫌い」を公言する。「日本に来てまで採点するのは、大きなお世話」「そこで宴会があっても欠席する」と、エッセーに書いていた。小欄の場合もっぱら懐具合の事情で、ロブションさん直伝の味を楽しむ機会は今後もなさそうだ。それでも、日仏料理文化の交流に果たした貢献には、頭が下がる思いである。

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