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【オリンピズム】嘉納治五郎と幻の東京大会(19)武士道精神との融合を願う

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【オリンピズム】
嘉納治五郎と幻の東京大会(19)武士道精神との融合を願う

東京五輪開会式で坂井義則さんが聖火を点灯した =1964年10月、東京・国立競技場 東京五輪開会式で坂井義則さんが聖火を点灯した =1964年10月、東京・国立競技場

 「今こうして御遺骸の安置された隣家で思ひをその走る侭(まま)に認(したた)めてゐる私は、心から東京オリムピックの成功を祈らざるを得ない」。こう述べた平沢は、その言葉通りに、ミュンヘン総会で最終演説を行うことになった。また、ミュンヘンの2年後の総会で、柔道の東京大会での実施が決まるが、このとき柔道を五輪競技にするために奔走したのが嘉納を尊敬していたフランスのIOC委員ピエトリだったという。柔道による青少年教育を実践し、IOC委員を29年間務めた嘉納の人脈が東京大会実現と柔道の五輪競技入りに大きく貢献した。

 「死せる嘉納先生が生ける委員を動かしてオリンピック柔道が実現したのである。人間、嘉納の勝利であった」。平沢はこう記したが、まさにその通りだった。ただし、嘉納が柔道を五輪競技にしようと働きかけた形跡はない。嘉納は柔道を五輪競技にすることではなく、武士道精神を入れることを目指していた。

 武士道精神とは、身体とともに心を練り、そこで得たものを社会生活に応用していくことであり、あるべき五輪像を教育家、柔道家として主張したのだ。40年大会には、武士道精神とオリンピズムとの融合という明確なビジョンがあり、それこそが嘉納の念願であった。そしてクーベルタンもまた「西洋のヘレニズムと東洋の文化芸術が融合すること」に意義を見いだしていたのである。=敬称略〈おわり〉(監修 真田久筑波大教授 構成 金子昌世)

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