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【産経抄】7月13日

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【産経抄】
7月13日

 東京・銀座のギャラリーで今年の初め、「グリーンランド」と題した展覧会が開かれた。水を使って人工的に発生させた白い霧が、展示空間をふんわり包み込み、氷河の滝を表現していた。「霧の彫刻」の第一人者である中谷芙二子(なかや・ふじこ)さん(85)の作品である。

 ▼北極圏の地グリーンランドは、芙二子さんの父であり、「雪博士」として知られる物理学者、宇吉郎がたびたび調査に訪れている。会場には、宇吉郎が世界で初めてつくり出した人工雪の結晶の写真や研究ノートなども展示されていた。父と娘の深い情愛が感じられる二人展だった。

 ▼米国の大学で美術を学んだ芙二子さんは、その後パリに渡って藤田嗣治(つぐはる)の下で修業する。帰国後東京で油絵の個展を開いたのは、宇吉郎が亡くなる直前だった。やがて芙二子さんは、絵画での表現に飽き足らなくなり、テクノロジーと結びついた現代アートに取り組んだ。

 ▼昭和45年の大阪万博では、ペプシ館のパビリオン全体を人工の霧で覆いつくし、世界を驚かせた。以後世界各地で、80を超える作品を発表してきた。実は宇吉郎は戦時中、霧の研究にも携わっていた。北海道東部に春から夏にかけて頻繁に発生する霧は、航空関係者にとって悩みの種だったからだ。なんとか消す方法を探っていた霧を、娘がわざわざ工夫を重ねてつくり出し、現代アートに仕立てるとは。宇吉郎は夢にも思わなかっただろう。

 ▼「雪は天から送られた手紙である」。寺田寅彦門下の宇吉郎は、こんな美しい言葉で、科学随筆の名作をいくつも残している。絵筆を執っては展覧会を開くほどの腕前、日本舞踊の「助六」も踊る芸術の愛好家だった。

 ▼芙二子さんの世界文化賞(彫刻部門)受賞を、誰よりも喜んでいるはずだ。

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