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【産経抄】7月8日

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【産経抄】
7月8日

 古来、七夕と雨は浅からぬ縁で結ばれていた。牽牛(けんぎゅう)と織り姫を詠んだ中国の古詩に「泣涕零如雨(きゅうていおちてあめのごとし)」の一節がある。一途に相手を思う織り姫が雨のような涙を流している、と。牽牛も女心を察してか、七夕前日は逢瀬(おうせ)に使う牛車を丹念に洗ったという。

 ▼7月6日あるいは七夕の雨は牛車から飛び散るしぶきとされ、「洗車雨(せんしゃう)」と呼ぶ(『雨のことば辞典』倉嶋厚、原田稔編著)。雨と涙の詩情に潤う関係は言葉も育んできた。恋にまつわる涙を「袖の雨」「袖時雨」といい、悲嘆の折に降り注ぐ雨を「涙雨」と呼ぶ。

 ▼これらの言葉を口にするとき、耳朶(じだ)を打つ土砂降りを思い浮かべる人はいまい。西日本から東日本にかけて降り続いた大雨はしかし、天の川をはさんだ慕情だけでなく、昨日までの人の営みも、家族や友人らとの分かちがたい結びつきも冷たく断ち切ってしまった。

 ▼気象レーダーの映し出す長大な雨雲の下には、氾濫した河川に漬かる街があり、土砂に埋まる家屋があった。地上とは思えぬ光景である。連絡のつかない家族らを案じ、不安を募らせる人も多いだろう。拭いきれない涙が被災地で流されたことを思うと言葉を失う。

 ▼「気象観測史上初めての…」という表現が流行語大賞の一つに選ばれたのは、平成2年だった。平成最後の夏を迎え、「異常気象」と呼ばれたものが日常となりつつある。防災も減災も、地球の異変に鈍感では成り立たないと、増え続ける犠牲者の数が教えている。

 ▼ツイッターには悲痛な声があった。「一刻も早く救助が必要です。助けてください」。泥の海に浮かぶ屋根に取り残された人々の写真も、1枚や2枚の投稿ではない。涙雨には「ほんの少し降る雨」の意味もある。言葉をも殺す空が、恨めしい。

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