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【日曜に書く】論説委員・山上直子 「大正」とは何だったのか

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【日曜に書く】
論説委員・山上直子 「大正」とは何だったのか

 以下受け売りだが、明治以来、徐々に社会構造は変容していたが、第一次世界大戦の特需とその後の不況で、都市への大量の人口流入がおきる。それはやがて企業組織に組み込まれ、“通勤”が人々の労働の主たる形態となった。その都市民たちのニーズに応えるように、娯楽や消費の装置が生みだされていく。

 震災後を考える

 考えてみれば、利便性に優れた「エキナカ」ビジネスは、今では当たり前の光景だが、通勤通学客がいなければ成り立たない。ターミナルデパートの最初は、大正9年に白木屋が阪神急行電鉄梅田駅構内に出張売店を出したこと-とされているそうだ。

 また、関東大震災では、根拠のない風説、流言の広がりで暴動や事件が起きた。約100年を経て東日本大震災でもあったし、そしてつい先日も「大阪でシマウマ脱走」などという噂が飛び交った。情報化社会でその影響は限定的かもしれないが、過去に学ばなければならない。

 鷲田さんは、大正という踊り場を考えるなかでの「たくらみ」の一つが、「震災後の日本社会を考える」ことだという。著者は他に、詩人の佐々木幹郎さん、東京大学教授の渡辺裕さんで、震災や趣味・娯楽といった論点もおもしろい。

 来年、元号が変わる。それ自体の意味はともかく、やがてそこに何らかのイメージを付与するのは日本の文化だろう。明治150年の年に、あえて大正を考えるのも悪くない。(やまがみ なおこ)

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