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【野口健の直球&曲球】栗城史多さん、1つぐらい諦めてもよかったのに…

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【野口健の直球&曲球】
栗城史多さん、1つぐらい諦めてもよかったのに…

登山家の栗城史多さん(大山実撮影) 登山家の栗城史多さん(大山実撮影)

 また1人、仲間が山で逝(い)ってしまった。ヒマラヤから帰国したその日に栗城史多(くりき・のぶかず)さんの訃報(5月21日、35歳で死去)が報じられた。エベレストを単独無酸素で挑戦中の遭難だった。

 4月下旬、ベースキャンプ手前の氷河の中で栗城さんとすれ違った。その日はうっすらと粉雪が降り、霧に覆われるモレーン(氷堆石)の彼方(かなた)から影が現れた。栗城さんだった。その日の栗城さんは、とても小さく見えた。「健さん、元気そうですね」と小さな声が聞こえた。言葉の代わりに息遣いによる会話が続く。手を握り「無事に降りてきてね」に「うんうん」と小さくうなずいていた。

 別れ際、遠ざかっていく栗城さんの後ろ姿をカメラに収めようと構えたが、シャッターを押せなかった。その行為自体に意味をもってしまうことが怖かったのだ。「いつも通り戻ってくるさ」とつぶやいてみたが、その言葉が霧とともにモレーンの彼方に消えていくようでむなしかった。

 彼が20代前半の頃「僕も7大陸最高峰を登ります。単独、無酸素でエベレストに登ります」と声をかけてくれたのが初対面。多くの学生が同じようにやってきたが、大半は「やってみたい」と言うだけ。「やってみたい」と「やります」では、まるで違う。彼は、はにかみながらも「やります」と宣言した。自ら厳しい条件をつけ、エベレストに挑み続けるが、敗退を繰り返す。凍傷により手の指を9本切断。それでも挑戦を続ける彼に「単独か無酸素か、どちらかを捨てるべきだ。捨てることによってつかめるものもある。このままでは登れないどころか命を落とす」と話した。彼はいつも小さくうなずくだけで、翌年には同じスタイルでエベレストに向かった。

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