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【正論】神道はなぜ「敵役」にされたのか 東京大学名誉教授・平川祐弘

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【正論】
神道はなぜ「敵役」にされたのか 東京大学名誉教授・平川祐弘

 ◆天正遣欧使節は宣伝用だった

 キリスト教の西洋と神道の日本の関係を巨視的に眺めたい。

 ザビエルが来日した1549年から三代徳川将軍、家光の鎖国までの100年を「キリスト教の世紀」と西洋人は呼んだ。宣教師たちは極東の島国の改宗に成功したと大宣伝を本国向けにしたが、その赫々(かっかく)たるローマの戦勝祝賀報告のだしに使われたのが天正遣欧使節で、四人の少年は法王グレゴリウス13世に謁見、歓待を受け、ティントレットの息子ドメーニコが伊東鈍満所の肖像を描いた。

 世間は麗々しく遣欧使節と呼ぶが実体は違う。少年が各地で書き残した礼状は同行イエズス会士が口授した文章で個性はない。イタリア語の理解力は低く、客観的な判断ができたわけではない。ボローニャへの途次、イーモラで休んだとき、日本の地名に似ている「井村だ、井村だ」とはしゃいだ。その程度だ。彼らは日本における宣教成果の西洋向け宣伝用の見世物(みせもの)使節だったのである。

 新井白石は『西洋紀聞』巻下にイエズス会士が九州で「いとけなき子を携来て」ローマへ連れて行こうとしたことにふれ、漢文が達者な利瑪竇ことマッテオ・リッチについても元東洋の穎悟(えいご)な少年をマカオあたりから連れ去り、西洋で教育した上で宣教にまた中国へ派遣したのでないかと疑った。

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