産経ニュース

【主張】衣笠さんを悼む 個の魅力の体現者だった

ニュース コラム

記事詳細

更新

【主張】
衣笠さんを悼む 個の魅力の体現者だった

試合終了後、連続試合出場世界新達成で「2131」を記した花輪を手に観客の祝福に応える衣笠祥雄さん=1987年6月、広島 試合終了後、連続試合出場世界新達成で「2131」を記した花輪を手に観客の祝福に応える衣笠祥雄さん=1987年6月、広島

 プロ野球の広島カープを牽引(けんいん)し、2215試合連続出場の鉄人記録を作った衣笠祥雄さんが亡くなった。

 訃報を伝える各紙は、衣笠さんを悼む関係者の談話とエピソードを競うように掲載した。これほど愛された野球人も珍しいのではないか。

 印象的なのは、長嶋茂雄さんのコメントである。

 「巨人戦で死球を受けたときには、カープのベンチを自らなだめながら笑顔で一塁に向かう姿が忘れられません。芯が強く、優しい心を持っているいい男、ナイスガイでした」

 その象徴的なシーンが昭和54年8月、巨人の西本聖投手から受けた死球だろう。左肩甲骨を骨折しながら次戦に代打で出場し、江川卓投手の速球に、フルスイングで3球三振する。

 「1球目はファンのため、2球目は自分のため、3球目は西本君のためにスイングしました」という当時の衣笠さんの名言を、各紙は再掲した。

 付け加えれば、翌月の再戦で衣笠さんは、西本投手から豪快に逆転3ランを放っている。これこそが彼の真骨頂だったろう。

 組織野球、管理野球、スモールベースボールがもてはやされる傾向に逆らうかのような、豪快なフルスイングを続けた。個性的であるがゆえか、指導者としてユニホームを着ることはなかった。

 衣笠さんは晩年、放送や執筆活動を通じて現役の選手たちに「もっと野球を楽しんでほしい」と訴え続けていた。ファンが野球に求めるのも、長嶋さんや衣笠さんらを通じて知った野球の爽快感だったのではないか。

続きを読む

このニュースの写真

  • 衣笠さんを悼む 個の魅力の体現者だった

関連ニュース

「ニュース」のランキング