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【オリンピズム】メルボルンの風(上)これで日本も世界に認められた

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【オリンピズム】
メルボルンの風(上)これで日本も世界に認められた

メルボルン五輪のボート競技のエイト予選で、2位でゴールした日本代表=1956年11月、バララットのウェンドリー湖(岩崎洋三氏提供) メルボルン五輪のボート競技のエイト予選で、2位でゴールした日本代表=1956年11月、バララットのウェンドリー湖(岩崎洋三氏提供)

 戦争の影響でオーストラリアの対日感情が懸念された。選手も事前に現地での言動には注意をうながされていた。到着しても日章旗を手に降り立っていいものかどうか。幹部が議論し、選手に意見を聞くと、誰もが日章旗を手にすることを望んだ。

 「恐る恐るだったが、日章旗を持って飛行機を降りると、大歓声と拍手で迎えられた。印象的だった」。開会式翌日の予選まで17日。メンバーは空港から無事にバララットの選手村に入り、先に船便で送り出した五輪専用設計のボートで調整を重ねる。

 迎えた11月23日の予選。順風で湖面はさざ波が立っているだけ。クルーは安心した。距離は2千メートル。フランス、チェコスロバキアと準決勝進出となる2位以上を目指す。フランスは軍人クルーで、チェコスロバキアは日本と似た漕法(そうほう)。どちらも手ごわい。

 「2日前からかなり調子がよくなった」。監督の衣非はそれでも手応えはあった。選手に与えた作戦は「フランスをマークせよ」。とにかく2位に入ることを狙った。その通りにスタート直後はチェコスロバキアに次ぐ2番手。その後、先頭に出て、また抜き返されたが、そのまま2位でゴールする。まだ余裕を残しての準決勝進出だった。

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