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【正論】思い出を育てて生きる大切さ 哲学者・京都大学名誉教授・加藤尚武

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【正論】
思い出を育てて生きる大切さ 哲学者・京都大学名誉教授・加藤尚武

哲学者・京都大学名誉教授・加藤尚武氏 哲学者・京都大学名誉教授・加藤尚武氏

≪遺留品を集める人の優しさ≫

 テレビ局が東日本大震災の津波の画像を映すとき、「これから津波の画像を映します」という予告を画面に流すことがある。ふたたび津波の画像を見るとさまざまな苦しい思いがこみ上げてくるから、あの画像は見たくないと思う人のことを気遣っている。

 身近な人を失った経験を持てば、「思い出すことがつらい」という面と、「思い出すことが、せめてもの慰めになる」という面とが、いつまでももつれあう。過去の画像を見ることを選ぶ人も拒む人も、苦しみと慰めの行き交う場面に置かれることになるだろう。

 7年たっても、失われた心の空白を何かが埋めてくれることはない。亡き人のかつていた場所を見れば、なぜそこにあの人はいないのかという思いがこみ上げる。あの人のいない現実が本当の現実であるはずがないとさえ思われるのに、不在こそが現実なのだ。

 ガレキのなかから見つかった写真が、さまざまな思い出を繰り広げるきっかけとなることもある。自衛隊員らがランドセルやアルバムや携帯電話などの遺留品を災害の現場から集めている場面を何度かニュースで見たが、思い出のためになるだけで、実用にならない遺留品をこれほどきめ細かく扱うことは、日本以外ではないのではないだろうか。遺留品を集める人々の、亡き人の思い出のよすがになるならば、棄(す)てるわけにはいかないという判断には、悲しい思い出を持つ人々を優しく気遣う心情がある。

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