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【オリンピズム】冷たい戦いを超えて(19)祖国にメダルを持ち帰るまで

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【オリンピズム】
冷たい戦いを超えて(19)祖国にメダルを持ち帰るまで

 EUNはチュソビチナを救ったが、選手団の結成は混乱した。「ロシアと同じチームに入りたくない」。バルト三国がそうであったように、独立国家として国際オリンピック委員会(IOC)から承認され、単独で五輪に参加したいという思いが共和国の間で強かったからだ。

 それを実現するにはもう4年待つことになるが、自由への希望は力を発揮した。「重要なのは体操をすること」。チュソビチナとともに戦ったウクライナのタチアナ・リセンコはEUNでの戦いにも抵抗はなかった。冷戦崩壊の本質をわかりやすく見せたのは五輪だったかもしれない。

 バルセロナ五輪は同時に、戦前からの政治と五輪の歴史を洗い流す大会でもあった。36年の五輪でベルリンと開催都市を争って敗れたバルセロナ。ナチス・ドイツ主導のベルリン五輪に抗議して計画され、スペイン内戦で幻に終わった「人民オリンピック」の会場が使われる。56年後にかなった理想だった。

 その会場で五輪デビューを金メダルで飾ったチュソビチナは祖国に戻って地道に鍛錬を積み、いまも選手として異彩を放っている。リオデジャネイロ五輪にウズベキスタン代表として41歳で参加し、7度目の五輪出場を果たした。

 ただ、祖国の代表としては五輪のメダルを手にしていない。「夢はただ一つ、ウズベキスタンに五輪のメダルを持って帰ること」。冷戦崩壊のときに始まった熱き思いは東京へと続く。その姿はスポーツが政治を超える時代の象徴であってほしい。=敬称略(蔭山実)

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