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【産経抄】ジュゴンのように悠々と他界に旅立っていった 2月22日

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【産経抄】
ジュゴンのように悠々と他界に旅立っていった 2月22日

平成26年10月、産経新聞のインタビューで笑顔をみせる金子兜太さん(宮崎瑞穂撮影) 平成26年10月、産経新聞のインタビューで笑顔をみせる金子兜太さん(宮崎瑞穂撮影)

 98歳の天寿を全うした俳壇の長老、金子兜太(とうた)さんは、『文芸春秋』平成21年5月号で、俳人でもある中曽根康弘元首相と対談を行っている。2人は、海軍経理学校出身という共通点もあった。中曽根さんは数々の戦闘体験で知った「日本の庶民の愛国心」が、政治家としての支えになったと語っている。

 ▼金子さんが赴いた南洋のトラック島は、米軍の爆撃を受けてすでに焦土と化していた。物資の補給が断たれて、多くの餓死者が出た。彼らを思うと、「どうしても戦争反対の気持ちになる」と話す。「それが戦後の中曽根さんと私の歩き方の違いになっていくんでしょう」とも。

 ▼〈水脈(みお)の果て炎天の墓碑を置きて去る〉。昭和21年に戦後捕虜生活を終え、復員船の中で詠んだ句である。去りゆく島まで水脈が続くその果てに見える墓碑の下には、仲間たちが眠っている。金子さんのその後の人生を決定づけた作品でもある。

 ▼金子さんは船の中で、死んでいった仲間のためにも生き続けようと、決心した。そんな金子さんの健康法の一つが、「立禅」だった。朝夕2回、立ったまま頭の中で読み上げるのは、亡くなった、金子さんの言葉を借りれば、「他界」に暮らす人たちの名前である。

 ▼長生きすれば、それだけ印象に残る友人、知人が増えていく。もちろん、両親と先立たれた夫人は別格である。最初は20人くらいで始まり、やがて200人を超えるようになった。忘れたら、思い出すまでがんばる。そうすると、いつのまにか「霊力」を感じるようになったという。

 ▼〈誕生も死も区切りではないジユゴン泳ぐ〉。今年に入っても俳句を作り続けていた金子さんは、ジュゴンのように悠々と、家族や仲間たちが待つ他界へ旅立っていった。

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