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【産経抄】小説の神様は待っていてくれた 1月18日

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【産経抄】
小説の神様は待っていてくれた 1月18日

16日、芥川賞を受賞し会見する「おらおらでひとりいぐも」の若竹千佐子さん=東京都千代田区の帝国ホテル(佐藤徳昭撮影) 16日、芥川賞を受賞し会見する「おらおらでひとりいぐも」の若竹千佐子さん=東京都千代田区の帝国ホテル(佐藤徳昭撮影)

 昭和55年7月、直木賞の選考会で、委員になったばかりの山口瞳さんはあせっていた。「明らかに私より小説が上手」と認める作家が、落選しそうだ。「向田邦子は、もう51歳なんですよ。そんなに長くは生きられないですよ」。

 ▼山口さんの口からとっさに出た一言は、かなり効果があったらしい。向田さんの受賞が決まった。山口さんがエッセーで明かしている。今回の芥川賞に決まった若竹千佐子さんは63歳、史上2番目の高齢者受賞となった。といっても、選考会で年齢はまったく議論にならなかったという。

 ▼受賞作の『おらおらでひとりいぐも』は74歳で1人暮らしをしている桃子さんが主人公である。東北から上京して夫と出会い、2人の子供を育て上げ、やがて夫を看取(みと)る。読者に女の人生を語っているようで、実は人類の歴史をたどる旅にも誘う。東北弁と標準語の地の文が複雑にからみあう、デビュー作とは思えない完成度である。

 ▼岩手県出身の若竹さんは、8年前に夫を亡くしてから、小説講座に通い始めた。何かを究めるのに年齢は関係ない。銀行退職を機にパソコンを始めた女性が、81歳でゲームアプリを開発して話題になった。89歳のアマチュア写真家の作品が海外から注目されている。シニアの活躍がめざましい世相を反映しているようだ。

 ▼向田さんは、直木賞受賞の翌年、台湾旅行中に事故死する。山口さんは「自分の死期を知っていたように思われてならない」と書いた。作品を読み返すと、急(せ)き込むような気迫と緊迫感にあふれているからだ。

 ▼「テーマをつかむのに、私には63年という時間が必要だった。小説の神様は待っていてくれた」。若竹さんが受賞について語っている。何と幸せな作家だろう。

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