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【オリンピズム】冷たい戦いを超えて(13)政治状況がきわめて重大だった

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【オリンピズム】
冷たい戦いを超えて(13)政治状況がきわめて重大だった

タリンからピリタ(対岸左端)へ、モスクワ五輪のセーリング競技が行われたバルト海を望む=2006年12月(蔭山実撮影) タリンからピリタ(対岸左端)へ、モスクワ五輪のセーリング競技が行われたバルト海を望む=2006年12月(蔭山実撮影)

 スポーツへの政治の不介入をいくら主張しようとも競技団体は政府の後ろ盾がないと運営できない。ソ連なら問題はなくとも、西欧ではまず不可能だ。政府の意向に逆らう難しさは英国でも変わらず、後に大きなしこりを残すことになった。モスクワ五輪が世界に受け入れられるようであったなら、英国の3人はメダルを取っただろうか。

 エストニアの悲劇はそれと背中合わせだった。ともにソ連に併合されたラトビアとリトアニアの「バルト三国」は北欧に位置づけられ、入国も容易になった。かつて三国を訪れたとき、ソ連の占領で生き別れた家族を捜す老人に会ったことがある。ボイコットという事態がなければ、その暗い歴史に一筋でも光は差し込んだだろうか。スポーツが逆に政治を動かす可能性を考えさせられる。=敬称略(蔭山実)

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