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【産経抄】死語にならないお役所仕事 1月16日

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【産経抄】
死語にならないお役所仕事 1月16日

 「市民のみなさまと市役所を直接結びつけるのが仕事です」。黒澤明監督の名作「生きる」は、こんな表示を掲げる、市役所の市民課が舞台である。といっても、住民が窓口を訪れて、「公園を造ってほしい」と訴えても、他の課にたらい回しするだけだ。志村喬さんが扮(ふん)する課長は、機械のようにひたすら書類にはんこを押していた。

 ▼平成24年に神奈川県逗子市役所の市納税課にかかってきた電話も、職員にとって特に気にかける必要のない書類のようなものだったのだろう。市内に住む三好梨絵さんの住所を教えてしまった。電話の主は、調査会社の経営者である。三好さんの元交際相手でストーカー行為を続けてきた男から依頼されていた。

 ▼男は翌日、自宅に押しかけて三好さんを刺殺して自殺する。三好さんは、男に住所を知られないように、住民基本台帳の閲覧制限の申請をし、自宅の表札もはずしていた。行政の情報漏洩(ろうえい)がなければ、事件を防げたのではないか。

 ▼そう考える三好さんの夫は、逗子市の提訴に踏み切った。裁かれたのは、お役所仕事である。横浜地裁横須賀支部はきのう、市側の過失を認定して110万円の支払いを命じた。ただし、殺人事件との明確な因果関係は認めなかった。

 ▼映画では、胃がんで死期が近いことを知った課長が、生きた証しを残そうと公園造りに邁進(まいしん)する。通夜の席で課長を偲(しの)んだ部下たちは、生まれ変わったつもりで仕事をしようと誓い合った。もっとも一夜明ければ、「われ関せず」のお役所仕事に逆戻りである。

 ▼逗子の事件の後も、悪質なストーカー行為が繰り返されてきた。警察や行政の対応は、常に後手に回っている。お役所仕事が死語にならない限り、悲惨な事件は根絶できない。

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