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【オリンピズム】冷たい戦いを超えて(11) 西側に勝つための術に欠けている

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【オリンピズム】
冷たい戦いを超えて(11) 西側に勝つための術に欠けている

 2005年も年末の12月22日、衝撃的な告白がスポーツ界を揺るがした。「私の記録はドーピングによるもの。だから、取り消してほしい」。モスクワ五輪の競泳女子400メートル個人メドレーで金メダルを獲得した東ドイツのペトラ・シュナイダーがドイツのテレビ局の番組でこう語った。

 問題の記録はモスクワ五輪の2年後、1982年に記録した400メートル個人メドレーの4分36秒10。これがドイツ記録として残っていたのだが、当然、疑惑の目はモスクワでの金メダルにも向けられる。

 ドーピング検査で陽性となっていないため、金メダルはそのままだが、モスクワでシュナイダーに敗れて2位に甘んじた英国のシャロン・デービスは英BBCテレビに明かした。「当時、シュナイダーから、『14歳のときから薬物を使用し、心臓に負担がかかったほか、いくつか副作用がでた』と聞いた」と。

 東ドイツは56年メルボルン五輪から参加した。64年東京五輪までは東西合同チームで、単独参加は68年メキシコ五輪から88年ソウル五輪までとなる。その後、89年の「ベルリンの壁の崩壊」と90年のドイツ統一を機に、東ドイツの国家的なドーピングが白日の下にさらされた。

 社会主義国のスポーツは非人間的と批判され、組織的なドーピングはその最たるものだったが、その源流がソ連にあったことを、論文『五輪、ソ連スポーツ当局と冷戦』は証拠を基に指摘している。

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