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【オリンピズム】冷たい戦いを超えて(8) 世界の目を祖国に向けさせたい

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【オリンピズム】
冷たい戦いを超えて(8) 世界の目を祖国に向けさせたい

 モスクワ五輪が開幕して間もなく、米CBSテレビの記者に米国に亡命したいと接触してきた人たちがいた。ソ連軍に侵攻されながらも参加したアフガニスタン選手団の数人。「西側に伝えてもらうことが最後のチャンス」と、切羽詰まっての行動だった。

 ソ連軍の周辺国への侵攻はなぜか五輪と重なる。1956年の「ハンガリー動乱」。オーストラリアのメルボルンで南半球初の五輪が開催されたが、ソ連軍の侵攻をめぐり水球でソ連とハンガリーの選手が流血の戦いを演じた。

 騒動は閉幕後も尾を引く。ハンガリーの選手が帰国を拒み、オーストラリアにとどまろうと試みたのだ。「帝国主義や植民地主義を否定しながら平和の実現と称して軍事力を行使している」。社会主義体制の矛盾から生まれた動乱は平和や友好とはいえないという抗議の表れだった。

 68年の「プラハの春」。「社会主義陣営の権威は損なわれた。兵士にはソ連や他の社会主義国のスポーツ選手もいる。彼らは五輪に参加するに値するのか」。国際オリンピック委員会(IOC)のチェコスロバキアの委員はソ連軍による占領を即座に停止するよう訴えた。社会主義陣営での反ソ感情の高まりを示す一幕でもあった。

 メキシコ五輪の年。チェコスロバキアの体操女子代表、ベラ・チャスラフスカは個人総合で東京五輪からの連覇に向けて重荷を背負った。

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