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【国語逍遥(90)】存亡の危機 現実の「息づかい」が見える 清湖口敏

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【国語逍遥(90)】
存亡の危機 現実の「息づかい」が見える 清湖口敏

 お覚えだろうか、平成26年2月12日付の小欄で私は「帯説(たいせつ)」の話を書いた。帯説とは「字音語の熟語を構成する漢字のうち、対極的な用法を持つ一方がその文脈においては積極的に意味を持たぬもの」(新明解国語辞典)をいう。

 「緩急」は、互いに対立する意味をもつ「緩」と「急」で構成される熟語だが、これが「一旦緩急あれば」というふうに用いられた場合、緩の字が全く意味をなしていないことが分かる。恩と恨みを表す「恩讐(おんしゅう)」も、「恩讐を超えて」「恩讐の彼方(かなた)」などというとき、そこに恩の要素が入る余地はない。

 右の文脈における「緩」や「恩」が帯説である。「帯説」を見出しに立てて解説する辞書はほんの一部にすぎないが、それ以外の辞書でも実際には、「緩急」の語義の一つとして「さしせまった状態」(三省堂国語辞典)、「危急の場合」(広辞苑)などを挙げており、「緩」が実質的に意味を有していないことを認めた形である。

 「存亡の危機」も同じではなかろうか。「存」がほとんど意味をもたない帯説だと考えれば、これもまた十分に理にかなった「本来の言い方」といえるだろう。いやむしろ「存亡の危機」こそが、現実の息づかいや「汗」までも感じさせる生きた言葉ではないかと思えてならないのである。

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