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【オリンピズム】冷たい戦いを越えて(1)ここは孤独だ。潜水艦乗組員はこんな心境か

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【オリンピズム】
冷たい戦いを越えて(1)ここは孤独だ。潜水艦乗組員はこんな心境か

いまもレーニン像がにらみを利かすルジニキスタジアム。モスクワ五輪当時は「レーニンスタジアム」と呼ばれていた=8月31日(黒川信雄撮影) いまもレーニン像がにらみを利かすルジニキスタジアム。モスクワ五輪当時は「レーニンスタジアム」と呼ばれていた=8月31日(黒川信雄撮影)

 スタジアム以外にはどこにも行かず、殺風景で人工的な空間にずっといるとうつろな気分になってくる。「他人のことを気にする自分に気づいた。メダルを取れずに帰ることになると何を言われるのだろうか。他人に影響されるのはどこも同じだが、ここは孤独だ。他人を意識しすぎて自分を見失い始める。潜水艦の乗組員はさぞこんな心境なのだろう」。コーはそう思った。

 当時の社会主義国の実情を知る逸話としてこんな話もしている。「選手村の食堂には輸入品だったが、なんでもほしいだけ食べ物があった。ソ連の人々は五輪に備えて何カ月も前からひもじい思いをしたままだと聞いた」

 だが、東欧諸国はそこまでもいかない。「ブルガリアの重量挙げ選手がセルフサービスのカウンターからオレンジとバナナをトレーごと、すべて持っていくのを見た。生活水準がもはや口論にはならないとは驚きであったが、逆にほほえましくも感じた」

 見るものすべてが異様な“敵地”。そこにオリンピズムの理想はあるのだろうか。コーは金メダルを手にすることになるとはいえ、前途は多難に思えた。=敬称略

                   

 米国や日本がボイコットした1980年モスクワ五輪。ソ連がアフガニスタンに軍事侵攻したことへの反発だった。だが、「スポーツと政治は無関係」として欧州主要国の選手は参加する。彼らの体験などを通じて、冷戦時代にオリンピズムはどのような影響を受け、いまにつながっているかを考える。(蔭山実)

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