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【産経抄】被爆体験を聞いた子供たちからの手紙はトラック6台分 10月6日

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【産経抄】
被爆体験を聞いた子供たちからの手紙はトラック6台分 10月6日

 〈大き骨は 先生ならむそのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり〉。作者の正田篠枝(しょうだ・しのえ)さんは、自らも広島で被爆している。昭和20年8月6日、広島上空で原子爆弾が炸裂(さくれつ)した。生徒たちは恐怖のあまり、先生にしがみついたのだろう。

 ▼戦後、市内に残された引き取り手のない遺骨は現在の平和記念公園の一角に集められた。直径16メートル、高さ3・5メートルの盛り土がされる現在の原爆供養塔の形になったのは、30年である。地下の納骨室には、今も約7万体の遺骨が眠っている。

 ▼いつしか、供養塔の周りを清掃する女性の姿が見られるようになった。原爆で母や兄妹ら親族13人を失い、自身原爆症と長年闘ってきた佐伯敏子(さいき・としこ)さんである。供養塔の存在を知り、夫や子供たちの了解を得て、バスで通ってきていた。

 ▼やがて、名前のわかっている遺骨を家族の元に返す活動を始める。全国から修学旅行で訪れる子供たちに被爆体験を語るようにもなった。供養塔通いは、病に倒れる平成10年まで40年間続いた。昨日、佐伯さんの訃報を知った。97歳だった。

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