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【日曜に書く】勝海舟、山田方谷起用 幕府に殉じた最後の老中板倉勝静 論説委員・井伊重之

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【日曜に書く】
勝海舟、山田方谷起用 幕府に殉じた最後の老中板倉勝静 論説委員・井伊重之

 幕末期における勝静の役割をどうみるか。高梁市文化交流館の西雄大さんは「勝静は方谷などの優秀な人物を起用することに躊躇(ちゅうちょ)がなかった」と評価する。幕府の要職を罷免された勝海舟を呼び戻し、最後の陸軍総裁に起用したのも勝静の人材登用術だ。その海舟は新政府軍の西郷隆盛と渡り合い、江戸城の無血開城で江戸の町を戦火から救う役割を果たした。

 一方、幕府と最後まで行動をともにした勝静は朝敵とみなされた。鳥羽伏見の戦いの後、地元の備中松山城は新政府の命令を受けた岡山藩の征討軍に囲まれた。そのとき、勝静に代わって藩の運営を任されていた方谷がぎりぎりの交渉で開城に踏み切り、城下の混乱を回避した。

 ◆優秀な人材を躊躇なく登用

 板倉家19代当主の板倉重徳さんは「勝静公は幕末という厳しい時代の中で、徳川家に対する忠義を最後まで尽くした」と振り返る。都内の大手百貨店に勤務する板倉さんは最近、方谷に関するシンポジウムなどに呼ばれる機会が増えた。方谷を登用した勝静をめぐる再評価の動きといえる。

 勝静は晩年、上野東照宮の宮司に就いた。徳川幕府を開いた家康を祀(まつ)る東照宮に仕えることは、幕府に殉じた勝静にとっては無上の喜びだったはずだ。その勝静が眠る東京都文京区の吉祥寺には五稜郭でともに戦い、後の明治政府でも活躍した武揚の墓所などもある。勝静の墓は周囲に比べて遠慮したかのように小ぶりである。(論説委員・井伊重之 いい しげゆき)

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