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【正木利和のスポーツ茶論】低迷のマラソンにかわり日本陸上界の救世主になった「競歩」…なぜ強くなったのか

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【正木利和のスポーツ茶論】
低迷のマラソンにかわり日本陸上界の救世主になった「競歩」…なぜ強くなったのか

世界陸上の男子50キロ競歩決勝で2位でゴールした荒井広宙(左)と3位の小林快=8月13日、ロンドン(川口良介撮影) 世界陸上の男子50キロ競歩決勝で2位でゴールした荒井広宙(左)と3位の小林快=8月13日、ロンドン(川口良介撮影)

 鈴木さんが、競歩の功労者という沢木啓祐(けいすけ)さん(73)は01年から日本陸連の強化委員長を務めた。その沢木さんが親しくしていた人物のひとりに故斎藤和夫さんがいる。1964年東京、68年メキシコ両五輪に50キロ競歩の選手として出場した斎藤さんは、91年の世界陸上選手権東京大会男子50キロ競歩で日本の競歩史上初の入賞(7位)を果たした今村文男・現日本陸連競歩部長らの強化にかかわった名指導者でもあった。

 「彼(斎藤さん)からの情報では強度が高いトレーニングに耐えられる体ができた選手が競歩にはいないという。確かに強度も量もマラソンに比べてお粗末だった。それで、ちょうどダイハツを定年になって体があいた鈴木くんに面倒をみてもらったんです」と沢木さんはいう。「その前に、今村(文男)くんをイタリアに海外研修させて、欧州流の歩型を学ばせていました。エンジンは今村くん、ボディーは鈴木くんに見てもらったというわけです」

 日本の競歩が成長した理由は、まず海外からの知識・情報の取り込みを含めて競技の技術レベルを上げたこと、さらにマラソンで培った肉体強化のノウハウを取り込み、選手に注ぎ込んだことにあった。その枠組みをデザインしたのが、沢木さんだったのである。

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