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【オリンピズム】“トビウオ”とその時代(8)ライバルとの歴史的な出会い

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【オリンピズム】
“トビウオ”とその時代(8)ライバルとの歴史的な出会い

 「飯を存分に食わせてやる」-。これほどの殺し文句はなかった。1946(昭和21)年8月に行われた第1回国民体育大会に出場した古橋広之進は新聞社に勤める日大水泳部OBからの誘いを一も二もなく引き受けた。新聞社の関連イベントへの参加、それは琵琶湖横断1万メートル競泳と和歌山県での水泳講習会だった。すぐに帰京しなかったことが、歴史的な出会いを生む。後に幾度となく熱戦を繰り広げ、競うように記録を更新することになる橋爪四郎との出会いだった。

 そのころ橋爪は旧制中学を卒業し、奈良の靴下工場に就職していた。仕事に面白みを見いだせずにいたようだ。「古橋選手が和歌山で水泳講習会を行う。受講者募集」という小さな新聞記事が目に留まったのはそんな時期だった。「よし行こうと思ったんだ。働くといっても奉公のようなもの、きつくてね。会社には1日休ませてほしいと断ったが、二度と戻るまいと思っていたよ」

 一方、3時間14分16秒で1万メートルを制し、伊都中学で行われた講習会に参加した古橋の目に、今度は橋爪の泳ぎが留まる。「(日大で)一緒にやらないかと誘われた。こっちはもう奈良には戻りたくなかったから『やります』って即答だった」。橋爪は当時をこう振り返っていた。

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