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【日曜に書く】「大和」と「武蔵」 論説委員・別府育郎 

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【日曜に書く】
「大和」と「武蔵」 論説委員・別府育郎 

大和ミュージアムの戦艦「大和」の巨大模型を見る来館者=4月23日午前、広島県呉市 大和ミュージアムの戦艦「大和」の巨大模型を見る来館者=4月23日午前、広島県呉市

 ちなみにキルビーの下で造船技術を学んだ英国人、E・H・ハンターが独立し、後の日立造船へと発展を遂げる。

 大和の初代艦長は、後の海軍大将、東郷平八郎中佐だった。日清戦争では劉公島砲台の砲撃などに参加した。日露戦争でも第三艦隊で参戦し、35年からは測量任務に従事した。

 同型の姉妹艦「武蔵」は21年に横須賀造船所で竣工。大和同様、明治天皇が命名した。武蔵も日清戦争では旅順攻撃などに参加し、測量艦となって後は大正14年、北海道礼文島の南南西沖で武蔵堆を発見した。

 昭和10年に大和とともに海軍除籍となり、空いた艦名が、巨大戦艦「大和」「武蔵」に引き継がれる。「堆」には、そうした歴史もある。

 ◆一丁目一番地

 7月、本紙記者が新潟港で巡視船「だいせん」(舞鶴海保、3100トン)、「しきね」(下田海保、1300トン)、「きくち」(門司海保、335トン)などの姿を確認した。大和堆の違法漁船を取り締まるために、全国から参集した援軍だろう。

 だが、守らなくてはならないのは日本海だけではない。3年前には小笠原諸島の周辺海域で中国の密漁船が大挙し、サンゴを乱獲した事例もあった。

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