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【正論・戦後72年に思う】昭和20年8月15日が、どうして「敗戦」ではなく「終戦」なのか 防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛

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【正論・戦後72年に思う】
昭和20年8月15日が、どうして「敗戦」ではなく「終戦」なのか 防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛

防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛氏 防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛氏

 間もなく「終戦の日」がくる。しかし私には分からないことが多い。そもそも昭和20年8月15日が、どうして「終戦」なのか。「敗戦」ではないのか。当時「国民学校」5年生の私にとって、それは紛れもなく敗戦であった。

≪第三者的で痛みを伴わない≫

 当時、わが一家が住んでいた奈良は米軍の空襲こそ受けなかったものの、代用食と称してサツマイモを食べ、それどころか苗床のイモヅルまで食べた。米兵にはチューインガムをせがんだ。「欲シガリマセン、勝ツマデハ」の戦時スローガンは雲散霧消していた。

 後年調べた経済協力開発機構(OECD)の統計によると、「大東亜戦争」開戦時の昭和16年、日本の国内総生産(GDP)は2045億ドル強、米国のそれは1兆1002億ドル強。実に5倍の大差だった。しかも敗戦時の昭和20年には日本のGDPは987億ドル強、つまり大戦による疲弊のゆえに開戦時の半分以下に落ちた。これで勝てるはずはなかった。

 いったい「敗戦」がどうして「終戦」になったのか。「終戦」には価値判断が欠けており、第三者的で痛みを伴わない。他方「敗戦」には屈辱感が漂う。それを教えてくれるものに、外務省編『終戰史●』(昭和27年5月、新聞月鑑社刊)がある。それはさながら終戦オンパレードの文献である。

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