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【日曜に書く】オバマ氏の平和賞メダルは輝いているか 気高き理想論だけで平和が実現できないことを自身の口で訴えよ 論説委員・清湖口敏

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【日曜に書く】
オバマ氏の平和賞メダルは輝いているか 気高き理想論だけで平和が実現できないことを自身の口で訴えよ 論説委員・清湖口敏

2016年5月27日、原爆ドームを背に演説するオバマ米大統領(当時)=広島市の平和記念公園 2016年5月27日、原爆ドームを背に演説するオバマ米大統領(当時)=広島市の平和記念公園

 太宰治の『人間失格』には対義語(アントニム)(対語)を当てる遊びが登場する。黒の対語は白なのに、白の対語は赤。その赤の対語は黒…ときて、花の対語は何だろうと展開していく。月だの風だのと答えが繰り出されると「およそこの世で最も花らしくないもの、それをこそ挙げるべきだ」と注文がつくのだった。

 ことほどさように対語というのは難しい。兄の対語は弟とも、姉とも言える。娘なら大抵、息子といった答えが返ってこようが、「若い娘に惚(ほ)れた」とは言えても「若い息子に惚れた」とは言えないから、娘と息子の対立関係は複雑だ。要するに対立の概念に何をもってくるかで答えが変わるのである。

■「受賞」の対語は?

 では「受賞」の対語は何か。国語問題の答案なら「授賞」で間違いあるまいが、「受ける⇔授ける」のほか、「受ける⇔受けない」といった否定に基づく対立もあり、その場合、受賞の具体的対語としては辞退や返上などが考えられよう。

 昨秋、ノーベル文学賞が米ミュージシャンのボブ・ディランさんに決まると、世界中のファンが「受賞か辞退か」と気をもんだ。この件では辞退こそが受賞の対語、即(すなわ)ち「最も『受賞』らしくないもの」だった。そもそもこの世に「受賞か授賞か」の対立で語られるような事象なんて存在するのだろうか。

 ノーベル賞に限らず、およそ賞と名のつくものを受けるのは大した名誉で、受賞者が称賛されるのは当然である。一方で賞を辞退した人についても、人物の魅力に光が当てられる例が少なくなく、とりわけ彼らの発する言葉は処世の機微に通じ、示唆に富んでいたりする。

■「辞退」した人々

 イチロー選手は、メジャーで日本人初の首位打者となった2001年、国民栄誉賞を非公式に打診されたが、「まだ発展途上なので」と固辞した。記録への飽くなき挑戦の気持ちをあらわにしたところが彼らしい。昭和58年に「世界の盗塁王」となった福本豊さんも同賞を辞退した。いわく「立ちションもでけへんようになる」。推してくれる人たちへの謝意と申し訳なさとを、大阪人らしく笑いで隠そうとしたものかと察した。

 明治時代、政府が功労を誉(ほ)めてやろうというのを断ったのが福沢諭吉である。「豆腐屋は豆腐を拵(こしら)えて(中略)人間当たり前の仕事をしている」「まず隣の豆腐屋から誉めて貰(もら)わなければならぬ」(『福翁自伝』)

 口跡実に痛快だが、現代に諭吉のような高潔の士はいるのだろうか。旧社会党などで参院議員を務め、平成13年に勲一等旭日大綬章を受けた某氏(故人)の発言が思い出される。北朝鮮が14年9月に日本人拉致の事実を認め謝罪したことを踏まえ、本紙にこう語ったのだ。「拉致問題を理由に国交正常化をせず平和の方向に行くことをとどめるべきではない」(14年10月8日付)。拉致被害者の家族はもとより、彼の勲章もきっと泣いたに違いなく、市井で当たり前の仕事に励む人たちの方がよほど世の役に立っている。

 さらに、この人はどうか。2009年、「核兵器なき世界に向けたビジョンと働き」が評価され、ノーベル平和賞を受賞したオバマ前米大統領である。同氏の受賞について同年10月10日付の本紙「主張」(社説)は、ノーベル賞委員会の評価に見合う成果を挙げるのは容易ではなかろう-と書いた。

■北朝鮮の脅威

 顧みて今、世界はオバマ氏の理想に一歩でも近づいたろうか。最近のニューズウィーク日本版によれば昨年11月、当時のオバマ大統領がトランプ氏(現大統領)をホワイトハウスに招き、「トランプ政権にとって最大の難題は、北朝鮮になるだろう」と警告したという。はて、と思わず首をひねった。

 オバマ政権が「戦略的忍耐」と称して北朝鮮の暴挙を黙認し続ける間に、北朝鮮が核・ミサイル技術を格段に向上させ、それを日米韓への恫喝(どうかつ)に利用してきたのではなかったか。オバマ氏には評価すべき実績が多々あったにせよ、こと核の脅威に関しては、氏は平和賞に見合う成果を挙げるどころか、むしろ逆の方向へと世界を導いてしまったように思えてならない。

 だから賞の返上を、とは言うまい。ただ、気高き理想論だけで平和が実現できるものではないことを、今こそオバマ氏自身の口から世界に訴えてほしいのだ。それがかなって初めて、オバマ氏の平和賞メダルは本来の輝きを放つことになるのだろう。(せこぐち さとし)

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