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【産経抄】アイルランドの異色の外交官 2月7日

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【産経抄】
アイルランドの異色の外交官 2月7日

 日本とアイルランドがまもなく、外交樹立60周年を迎えるという。それにまつわる「秘話」を紹介した、昨日の岡部伸記者の記事で、懐かしい名前を見つけた。

 ▼第二次大戦中、アイルランドのダブリンに駐在していた別府節弥領事である。といっても、生前は面識がない。社会面の「葬送」の取材で、平成4年に88歳で亡くなった別府氏の告別式に参列している。

 ▼昭和23年に帰国した別府氏は、まもなく外務省を退官した。初代ラオス大使として復帰したのは、その10年後である。後にバチカン大使も務めた。空白があるのは、外務省内に長く伝わる武勇伝に起因する。

 ▼敗戦後、領事館内の資産や文書の引き渡しを求める連合国側に、別府氏は抵抗を続けた。機密文書は処分した。帰国が遅れたのは、怒った連合国側のいやがらせである。横浜港に到着するとすぐに逮捕され、懲役8月、執行猶予2年の判決を受けた。

 ▼大戦中に欧州では数少ない中立国だったアイルランドには、米英側、枢軸国側のスパイ数百人が、入り乱れて諜報合戦を繰り広げていた。日本側は、清夫人を伴った別府領事と副領事だけである。当時の米国の国務長官は、「日本のスパイが3000人もいる」と悔しがったと伝えられる。もっとも別府氏は、自身の活動について一切語らなかった。告別式も、故人の経歴さえ紹介しない徹底ぶりだった。

 ▼その意味で、英軍が日本軍に降伏した「シンガポール陥落」の日のエピソードは大変興味深い。反英活動のリーダーが米を買い集め、別府領事らと日本食でお祝いをしていたとは。清夫人は、アイルランド時代は肺結核に苦しみ、戦後は働きに出て不遇時代の夫を支えた。当時の思い出を語り合う日もあっただろう。

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